氷川神社(アクセス・概要・見どころ・・・)

氷川神社

氷川神社

氷川神社(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。氷川神社の参道は中山道から延びて長さ約2キロあります。参道にはかつて松が多かったが、明治時代以降に杉が多くなり、「並木十八丁鉾杉つづき」と謡われました。その後理由は明確ではないが、ケヤキに変わり、現在37種・約650本が立ち並び、1989年(平成元年)には氷川参道平成ひろばが整備されました。

【氷川神社 アクセスマップ】
場所・・・埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407

【氷川神社 アクセス・交通】
*JR大宮駅(徒歩約15分)
*東武アーバンパークライン(東武野田線)・北大宮駅(徒歩約15分)

【氷川神社 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【氷川神社 時間(要確認)】
楼門開閉時間
5:30~17:30(3月・4月・9月・10月)
5:00~18:00(5月~8月)
6:00~17:00(11月~2月)

【氷川神社 料金(要確認)】
無料

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【氷川神社 歴史・簡単概要】
氷川神社(ひかわじんじゃ)は起源が明確ではありません。氷川神社は社伝によると紀元前473年(第5代・孝昭天皇3年)4月未の日に創建され、2,400年以上の歴史があるとも言われています。史書「先代旧事本紀(平安時代前期成立)」によると出雲の氏族が祭神・須佐之男命(すさのおのみこと)を奉じてこの地に移住したとも言われています。第12代・景行天皇の時代(71年(景行天皇元年)~130年(景行天皇60年))に景行天皇の皇子で、第14代・仲哀天皇の父である日本武尊(やまとたけるのみこと)が東夷鎮定の祈願をしたとも言われています。第13代・成務天皇の時代(131年(成務天皇元年)~(190年成務天皇60年))に出雲・兄多毛比命(えたもひのみこと)が勅命によって武蔵国造になり、篤く崇敬したとも言われています。ちなみに氷川神社の名称は出雲の簸川(ひかわ・斐伊川(ひいかわ))に由来するとも言われています。その後第45代・聖武天皇の時代(724年(神亀元年)~749年(天平勝宝元年))に武蔵一宮に定められ、「延喜式神名帳(927年(延長5年))」に「武蔵国足立郡 氷川神社 名神大 月次新嘗」と記され、名神大社に列せられ、朝廷から崇敬されました。平安時代後期の平将門の乱(承平天慶の乱)の際に鎮守府将軍・平貞盛(たいらのさだもり)が戦勝を祈願して平定したことから関東の武士に信仰されるようになりました。1180年(治承4年)に鎌倉幕府初代将軍・源頼朝が土肥実平に命じて社殿を再建し、社領を寄進して神馬・神剣を奉納しました。その後室町時代に足利氏、戦国時代に北条氏に崇敬されました。1596年(文禄5年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康が関東郡代・伊奈忠次を奉行として社頭を造営し、1667年(寛文7年)には阿部豊後守を奉行として社殿を造営しました。明治維新後に第122代・明治天皇が武蔵国の鎮守勅祭の社に定めました。なお氷川神社は須佐之男命(すさのおのみこと)・稲田姫命(いなだひめのみこと)・大己貴命(おおなむちのみこと)を祀っています。
*参考・・・氷川神社(アクセス・歴史・・・)ホームページ氷川神社・(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【氷川神社 見どころ・文化財】
氷川神社の見どころはいずれもさいたま市指定有形文化財である摂社門客人神社の本殿・摂社天津神社の本殿・末社御嶽神社の本殿です。3社の本殿は1667年(寛文7年)に江戸幕府第4代将軍・徳川家綱の命によって造営された本殿4棟の内の3棟です。3棟はほぼ同じ大きさの三間社流造です。なお参道に造営されている高さ約13メートル・幅17.30メートルの二の鳥居も見どころです。二の鳥居は元々東京・明治神宮の大鳥居だったが、落雷によって破損して氷川神社に移されました。

【氷川神社 連絡先(要確認)】
電話番号・・・048-641-0137

【氷川神社 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2018年(平成30年)4月

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