一心行の大桜(桜見ごろ・アクセス・・・)・熊本桜名所

一心行の大桜

一心行の大桜(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。一心行の大桜は熊本の桜名所です。一心行の大桜の桜見ごろは例年3月下旬頃~4月上旬頃です。一心行の大桜は樹齢400年余りで、樹高約14メートル・幹囲約7.35メートルのヤマザクラ(山桜)です。枝張りが南北約26メートル・東西約21.3メートルにもなります。一心行の大桜ではライトアップが行われます。(要確認)

【一心行の大桜 アクセスマップ】
場所・・・熊本県阿蘇郡南阿蘇村中松3226-1

【一心行の大桜 アクセス・交通】
*南阿蘇鉄道中松駅(徒歩約15分)

【一心行の大桜 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【一心行の大桜 時間(要確認)】

【一心行の大桜 料金(要確認)】


【一心行の大桜 歴史・簡単概要】
一心行の大桜(いっしんぎょうのおおざくら)は熊本県阿蘇郡南阿蘇村にあります。一心行の大桜は樹齢400年余りで、樹高約14メートル・幹囲約7.35メートルのヤマザクラ(山桜)です。一心行の大桜は枝張りが南北約26メートル・東西約21.3メートルにもなります。一心行の大桜は九州地方で、福岡県田川郡福智町にある樹齢600年以上・高さ約17メートル、幹周り約3.8メートル虎尾桜(とらおざくら)とともに桜の巨樹とも言われています。一心行の大桜は安土桃山時代の1580年(天正8年)に島津氏との戦いで矢崎城で戦火に散った阿蘇氏の家臣で、矢崎城城代・中村伯耆守惟冬(なかむらほうきのかみこれふゆ・峯伯耆守惟冬)の菩提樹で、その名称は室(妻)と嫡男が少数の家臣ととともに故郷であるこの地に戻り、中村伯耆守惟冬と一族の霊を弔う為に一心に行をおさめたことに由来するとも言われています。中村伯耆守惟冬は矢崎城から出て城兵とともに討ち死にし、中村伯耆守惟冬の弟・中村二大夫はその翌日に降伏して綱田城を開城したそうです。一心行の大桜は昭和初期に落雷によって幹が6本に裂けてドーム型になり、2004年(平成16年)に台風16号・台風18号によって4本の主幹の内の2本が折れ、ドーム型からM字型になりました。なお2002年(平成14年)から一心行の大桜周辺が公園化され、花公園・グラウンドゴルフパークゴルフ場・駐車場などが整備されています。ちなみに周辺には菜の花も植えられています。
南阿蘇村(みなみあそむら)は熊本県北東部(南阿蘇地)に位置しています。南阿蘇村は南小国町(みなみおぐにまち)・小国町(おぐにまち)・産山村(うぶやまむら)・高森町(たかもりまち)・西原村(にしはらむら)とともに阿蘇郡(あそぐん)を構成し、阿蘇市・高森町・西原村・山都町・大津町に接しています。南阿蘇村は南北約25キロ・東西約18キロの阿蘇カルデラ南部に位置し、高岳・中岳・根子岳(ねこだけ)・烏帽子岳(えぼしだけ)・杵島岳 (きしまだけ)の阿蘇五岳と外輪山に挟まれた南郷谷に位置し、村域の中央を白川(しらかわ)が東から西に流れています。南阿蘇村は標高600メートル以上に山林・原野が広がり、白川両側に住宅地・商業地・耕地が広がっています。南阿蘇村には竹崎水源・吉田城御献上汲場(ごけんじょうくみば)・明神池名水公園などの南阿蘇村湧水群があり、平成の名水百選に登録されています。南阿蘇村では江戸時代中期に白川沿いで用水路が開削されて開田が進み、白川沿いの平地で稲作などが行われ、火口原(かこうげん)の山地斜面で肉牛の飼育などが行われています。南阿蘇村では烏帽子岳中腹付近を中心に地獄温泉(じごくおんせん)・垂玉温泉(たるたまおんせん)などの温泉群があります。なお南阿蘇村は村域が阿蘇くじゅう国立公園に属しています。
*参考・・・一心行の大桜(アクセス・歴史・・・)一心行の大桜(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【一心行の大桜 見どころ・文化財】
一心行の大桜の見どころは一心行の大桜の桜です。一心行の大桜の桜見ごろは例年3月下旬頃~4月上旬頃です。
桜(染井吉野)は2月1日以降の毎日の最高気温の積算が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。(誤差あり)ちなみに標準木が5~6輪以上咲くと開花宣言が出されます。また地域によって若干差があるが、開花して5日から1週間ほどで満開になるとも言われています。なお桜は夏に花芽がつくられ、その後休眠ホルモンによって一旦休眠状態になり、冬の一定期間の厳しい寒さによって休眠打破が起こり、春の気温の上昇によって開花します。

【一心行の大桜 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0967-67-1112(南阿蘇村産業観光課)

【一心行の大桜 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2017年(平成29年)4月
熊本桜名所・熊本桜見ごろ

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