慈光山歴史公苑(桜見ごろ3月下旬頃~)埼玉桜名所

慈光山歴史公苑

慈光山歴史公苑(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。慈光山歴史公苑は埼玉の桜名所です。慈光山歴史公苑の桜見ごろは例年3月下旬頃~5月中旬頃です。慈光山歴史公苑にはソメイヨシノ・ヤマザクラ・ミクルマガエシ・イチヨウ・ベニシグレなど50種以上・約300本以上の桜の木が植えられています。ただイベント・ライトアップは行われないそうです。(要確認)

【慈光山歴史公苑 アクセスマップ】
場所・・・埼玉県比企郡ときがわ町大字西平386

【慈光山歴史公苑 アクセス・交通】
*東武東上線武蔵嵐山駅から町路線バスの場合、慈光寺入口バス停(徒歩約40分)

*関越自動車道東松山IC(車約25分)または嵐山小川IC(車約25分)

【慈光山歴史公苑 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【慈光山歴史公苑 時間(要確認)】
自由

【慈光山歴史公苑 料金(要確認)】
無料

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【慈光山歴史公苑 歴史・簡単概要】
慈光山歴史公苑(じこうやまれきしこうえん)は埼玉県比企郡ときがわ町にあります。慈光山歴史公苑はときがわ町のシンボルとも言われる古刹・都幾山慈光寺(ときやまじこうじ)を中心とした公苑です。慈光寺は伝承によると飛鳥時代の673年(天武天皇2年)に法相宗(ほっそうしゅう)大本山である奈良・興福寺(こうふくじ)の僧・慈訓(じくん)が千手観音を安置したのが始まりとも言われ、奈良時代の770年(宝亀元年)に律宗(りっしゅう)の僧・道忠(どうちゅう)を開山として創建されたとも言われています。平安時代前期の貞観年間(859年~877年)に勅願所(ちょくがんしょ)になり、天台宗(てんだいしゅう)の別院として中心的な寺院になり、鎌倉時代に鎌倉幕府初代将軍・源頼朝(みなもとよりとも)、江戸時代に徳川将軍家などから帰依を受けました。慈光寺は坂東三十三箇所の第9番札所になっています。慈光山歴史公苑では1986年(昭和61年)に地域住民団体が270本のヤエザクラ(八重桜)であるイチヨウ(一葉)とフゲンゾウ(普賢象)を植え、その後八重桜の並木道になりました。慈光山歴史公苑には一葉・普賢象やソメイヨシノ(染井吉野)・ヤマザクラ(山桜)・ミクルマガエシ(御車返し)・ベニシグレ(紅枝垂)・カワヅザクラ(河津桜)・アマノガワ(天の川)・アマヤドリ(雨宿り)・ギョイコウ(御衣黄)・スルガダイニオイ(駿河台匂)など50種以上・約300本以上の桜の木が植えられています。慈光寺には埼玉県指定天然記念物であるタラヨウジュなども植えられています。
ときがわ町(ときがわまち)は埼玉県中部に位置しています。ときがわ町は滑川町(なめがわまち)・嵐山町(らんざんまち)・小川町(おがわまち)・川島町(かわじままち)・吉見町(よしみまち)・鳩山町(はとやままち)とともに比企郡 (ひきぐん)を構成し、飯能市・秩父市・小川町・鳩山町・嵐山町・東秩父村・横瀬町・越生町に接しています。ときがわ町は群馬県・埼玉県・東京都・神奈川県・長野県・山梨県の1都5県に広がる秩父山地(ちちぶさんち)東麓から埼玉県中部に広がる比企丘陵(ひききゅうりょう)西部にあり、町域の中央をときがわ町大野地区の高篠峠付近を源とする荒川水系越辺川(おっぺがわ)の支流で一級河川・都幾川(ときがわ)が東流しています。ときがわ町は町域のほぼ全域が黒山県立自然公園に属し、町域の大部分を森林が占めています。ちなみにときがわ町は古くから建具の製造が盛んです。またときがわ町では稲作・野菜栽培や畜産・養鶏なども行われています。ときがわ町には西部に673年(天武天皇2年)に法相宗大本山である奈良・興福寺の僧・慈訓が千手観音を安置し、770年(宝亀元年)に律宗の僧・道忠を開山として創建されたとも言われる慈光寺(じこうじ)があります。
*参考・・・慈光山歴史公苑(アクセス・歴史・・・)

【慈光山歴史公苑 見どころ・文化財】
慈光山歴史公苑の見どころは慈光山歴史公苑の桜です。慈光山歴史公苑の桜見ごろは例年3月下旬頃~5月中旬頃です。
桜(染井吉野)は2月1日以降の毎日の最高気温の積算が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。(誤差あり)なお地域によって若干差があるが、開花して5日から1週間ほどで満開になるとも言われています。

【慈光山歴史公苑 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0493-65-1521(ときがわ町役場)

【慈光山歴史公苑 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
埼玉桜名所・埼玉桜見ごろ

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