慈尊院(アクセス・歴史・・・)・世界遺産

慈尊院

慈尊院(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。慈尊院は弘法大師・空海の母・玉依御前(たまよりごぜん)が亡くなって本尊・弥勒菩薩に化身した結縁寺として知られるようになり、子宝・安産・育児・授乳・病気平癒のご利益を願って乳房型絵馬を奉納したり、全国の女性から信仰されたりしたことから女人高野と言われるようになりました。

【慈尊院 アクセスマップ】
場所・・・和歌山県伊都郡九度山町慈尊院832

【慈尊院 アクセス・交通】
*南海高野線・九度山駅(徒歩約20分)

【慈尊院 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【慈尊院 時間(要確認)】
8:00~17:00
年中無休

【慈尊院 料金(要確認)】
無料

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【慈尊院 歴史・簡単概要】
慈尊院(じそんいん)は816年(弘仁7年)に真言宗の宗祖である弘法大師・空海が高野山を開創して金剛峯寺(こんごうぶじ)を創建する際、高野山参詣の要所である九度山(くどやま)の雨引山(あまびきさん)山麓に表玄関として伽藍を創建して、高野山一山の庶務を司る政所(まんどころ)を置き、高野山への宿所と冬期避寒修行の場としたのが起源と言われています。空海は816年(弘仁7年)に第52代・嵯峨天皇から高野山の地を賜り、翌817年(弘仁8年)から伽藍を建立を始めたと言われています。その後空海の母・玉依御前(たまよりごぜん)が香川善通寺から我が子が開創した高野山を一目見たいとの一念から来たが、高野山内は7里四方が女人禁制だった為に滞在し、本尊・弥勒菩薩を篤く崇敬しました。835年(承和2年)2月5日に玉依御前に亡くなると空海が弥勒菩薩になった母の霊夢によって廟堂を建立し、自作の弥勒仏と母の霊を祀りました。慈尊院の名称は弥勒菩薩の別名・慈尊に由来しています。ちなみに高野山は1906年(明治39年)に女人禁制が解かれました。1124年(天治元年)に鳥羽上皇(第74代・鳥羽天皇)が行幸し、慈尊院の由来を尋ねたと言われています。その後1474年(文明6年)に廟堂が現在の場所に移されました。1540年(天文9年)の紀ノ川の氾濫によって諸堂の大半が流れ、残った堂塔を弥勒檀に移したが、政所の事務や宝蔵の什宝が高野山山上に移されました。また1544年(天文13年)の紀ノ川に大水によって残っていた堂塔も流されました。
慈尊院は2004年(平成16年)に世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(紀伊山地の霊場と参詣道)のひとつに登録されました。
*参考・・・慈尊院(アクセス・歴史・・・)ホームページ慈尊院(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【慈尊院 見どころ・文化財】
慈尊院の見どころは鎌倉時代後期に建立された弥勒堂です。弥勒堂は桁行三間・梁間三間で、宝形造の檜皮葺です。弥勒堂は平安時代初期に造仏されたたとも言われる像高約91センチの木造弥勒仏坐像を安置しています。木造弥勒仏坐像には892年(寛平4年)の墨書が残されています。

国宝・・・木造弥勒仏坐像
重要文化財・・・弥勒堂、絹本著色弥勒菩薩像

【慈尊院 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0736-54-2214

【慈尊院 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2018年(平成30年)4月

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