狩宿の下馬桜(桜見ごろ4月中旬頃)静岡桜名所

狩宿の下馬桜

狩宿の下馬桜

狩宿の下馬桜(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。狩宿の下馬桜は静岡の桜名所です。狩宿の下馬桜の桜見ごろは例年4月中旬頃です。狩宿の下馬桜は樹齢は800年を越えるヤマザクラ(山桜)です。狩宿の下馬桜は樹高約14メートル・幹回り約4.6メートルで、枝張りが南北16.33メートル・東西21.81メートルとも言われています。

【狩宿の下馬桜 アクセスマップ】
場所・・・静岡県富士宮市狩宿98-1

【狩宿の下馬桜 アクセス・交通】
*JR富士宮駅からバス・白糸滝行きの場合、狩宿下馬桜入口バス停(徒歩約10分)

*新東名新富士IC(車約25分)または東名富士IC(車約30分)

【狩宿の下馬桜 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【狩宿の下馬桜 時間(要確認)】
自由

【狩宿の下馬桜 料金(要確認)】
無料

広告

【狩宿の下馬桜 歴史・簡単概要】
狩宿の下馬桜(かりやどのげばざくら)・狩宿の下馬ザクラは静岡県富士宮市狩宿にあります。狩宿の下馬桜は富士宮市上井出付近を源とする富士川(ふじがわ)水系の一級河川・潤井川(うるいがわ)と富士宮市北部の湧水群を源とする富士川水系の一級河川・芝川(しばかわ)に挟まれた場所に植えられています。狩宿の下馬桜の名称は鎌倉時代初期の1193年(建久4年)に鎌倉幕府初代将軍・源頼朝(みなもとのよりとも)が約1ヶ月(5月8日~6月7日)に渡って行なったと言われる大規模な狩猟である富士の巻狩り(まきがり)の際、この地に立ち寄って狩宿の本陣門前で馬から下りたという伝承に由来しています。また狩宿の下馬桜は馬を繋ぎ止めたという伝承から駒止めの桜(こまどめのさくら・駒止桜)とも言われています。更に頼朝下馬桜・駒繋桜などとも言われています。狩宿の下馬桜は樹齢は800年を越えるヤマザクラ(山桜・アカメシロバヤマザクラ(赤目白花山桜))です。狩宿の下馬桜は樹高約14メートル・幹回り約4.6メートルで、枝張りが南北16.33メートル・東西21.81メートルとも言われています。ちなみに狩宿の下馬桜近くには周辺の田んぼに菜の花も植えられています。狩宿の下馬桜は国の特別天然記念物に指定されています。また狩宿の下馬桜は福島県田村郡三春町の三春滝桜(みはるたきざくら)・埼玉県北本市の石戸蒲ザクラ(いしとかばざくら)・山梨県北杜市の神代桜(じんだいざくら)・岐阜県本巣市の淡墨桜(うすずみざくら)とともに日本五大桜に数えられています。
富士宮市(ふじのみやし)は静岡県東部に位置しています。富士宮市の名所は富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)の門前町に由来しています。富士宮市は静岡県の静岡市・富士市・御殿場市・小山町、山梨県の富士吉田市・南部町・身延町・富士河口湖町、鳴沢村に接しています。富士宮市は日本最高峰である標高約3776.24メートルの霊峰・富士山(ふじさん)の南西麓に位置し、市域の中央を北から南に潤井川(うるいがわ)・芝川(しばかわ)が貫流しています。富士宮市は市域の標高差が3,741メートルあり、日本一標高差のある自治体です。富士宮市では紀元前27年(垂仁天皇3年)に富士山本宮浅間大社が創建されたとも言われ、その鳥居前町として発展しました。富士宮市は戦国時代に六斎市(ろくさいいち)が立つ市場町、また駿河から甲州に通じる交通の要地として塩・魚などの集散地になりました。富士宮市は江戸時代に和紙・製糸の町として発達し、明治時代中期に洋紙製造が始まりました。富士宮市は大正時代に絹糸紡績工場、近年に化学工業・医薬医療機器などの工場も立地しました。富士宮市では富士山裾野の広大な原野で酪農も行われています。なお富士宮市には世界遺産である富士山があり、その構成資産でもある富士山本宮浅間大社・山宮浅間神社・村山浅間神社・人穴富士講遺跡・白糸ノ滝もあります。
*参考・・・狩宿の下馬桜(アクセス・歴史・・・)

【狩宿の下馬桜 見どころ・文化財】
狩宿の下馬桜の見どころは狩宿の下馬桜です。狩宿の下馬桜の桜見ごろは例年4月中旬頃です。
桜(染井吉野)は2月1日以降の毎日の最高気温の積算が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。(誤差あり)なお地域によって若干差があるが、開花して5日から1週間ほどで満開になるとも言われています。

【狩宿の下馬桜 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0544-22-1155(富士宮市観光課)

【狩宿の下馬桜 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
静岡桜名所・静岡桜見ごろ

関連記事

広告

広告

ページ上部へ戻る