高伝寺(梅見ごろ2月中旬頃~)佐賀梅名所

高伝寺

高伝寺(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。高伝寺は佐賀の梅名所です。高伝寺の梅見ごろは例年2月中旬頃~3月上旬頃です。高伝寺には樹齢400年とも言われる樹高約4.5メートル・幹回り約1.8メートル・枝張り約4.2メートルの紅梅・霊徳寿梅や白梅・紅梅など約700本の梅の木が植えられています。

【高伝寺 アクセスマップ】
場所・・・佐賀県佐賀市本庄町大字本庄1112-1

【高伝寺 アクセス・交通】
*JR佐賀駅(車約10分)
*佐賀市営バスの場合、高伝寺前バス停(徒歩約3分)

*長崎自動車道佐賀大和IC(車約25分)

【高伝寺 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【高伝寺 時間(要確認)】
9:00~20:00

【高伝寺 料金(要確認)】
300円(釈迦堂御開扉時400円)

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【高伝寺 歴史・簡単概要】
高伝寺(こうでんじ)・高傳寺は佐賀県佐賀市本庄町大字本庄にあります。高伝寺は戦国時代(室町時代後期)の1552年(天文21年)に龍造寺氏(りゅうぞうじし)の家臣で、鍋島氏5代当主・鍋島清房(なべしまきよふさ)が創建しました。また高伝寺は1552年(天文21年)に鍋島氏4代当主・鍋島清久(なべしまきよひさ)がかねてから信仰していた本庄大明神(ほんじょだいみょうじん)の夢告「高傳庵(高楊庵)庵跡に禅寺を建て菩提寺とすべし」により、子・鍋島清房を開基、曹洞宗(そうとうしゅう)の玲岩玄玻を開山として創建し、慧日山高傳寺と称したのが起源とも言われています。その後江戸時代前期に肥前佐賀藩初代藩主・鍋島勝茂(なべしまかつしげ)が伽藍・寺領を寄進し、鍋島家の菩提寺になりました。肥前佐賀藩第3代藩主・鍋島綱茂(なべしま なしげ)が大涅槃像(だいねはんぞう)を京都の経師屋・若井利左衛門に写させまし。1871年(明治4年)に肥前佐賀藩第11代(最後)藩主・鍋島直大(なべしまなおひろ)が散在していた鍋島家先祖の墓と元主君である龍造寺家の墓を集めて整備しました。高伝寺には樹齢400年とも言われる樹高約4.5メートル・幹回り約1.8メートル・枝張り約4.2メートルの紅梅・霊徳寿梅(れいとくじゅばい)や白梅・紅梅など約700本の梅の木が植えられています。なお霊徳寿梅は1980年(昭和55年)3月1日に佐賀市の天然記念樹に指定されています。また霊徳寿梅はさが名木100選にも選ばれています。
佐賀市(さがし)は佐賀県東部に位置しています。佐賀市は佐賀県の県庁所在地です。佐賀市は佐賀県の小城市・唐津市・多久市・神埼市・白石町、福岡県の福岡市・柳川市・大川市・糸島市に接しています。佐賀市は九州最大の河川である一級河川・筑後川(ちくごがわ)中流・下流などに広がる九州最大の平野である筑紫平野(つくしへいや)に属する佐賀平野のほぼ中央に位置し、北側に筑紫山地の脊振山地(せふりさんち)があり、南側を有明海(ありあけかい)に面し、南東部を筑後川、西部を一級河川・嘉瀬川(かせがわ)が流れています。佐賀市には西隈古墳(にしくまこふん)・銚子塚古墳(ちょうしづかこふん)などがあり、古くから開けていたとも言われています。佐賀市は律令時代に肥前国の国府が置かれ、鎌倉時代に龍造寺氏(りゅうぞうじし)の居城があり、戦国時代には龍造寺氏が鍋島氏・石井氏・高木氏・於保氏(おぼし)・八戸氏などを統合して戦国大名になり、城下町の基礎を築きました。江戸時代初期の1608年(慶長13年)に肥前佐賀藩藩祖・鍋島直茂(なべしまなおしげ)が藩主になり、佐賀城が鍋島氏の居城になると水運と農業中心の小さな町が城下町として発展しました。
*参考・・・高伝寺(アクセス・歴史・・・)

【高伝寺 見どころ・文化財】
高伝寺の見どころは高伝寺の梅です。高伝寺の梅見ごろは例年2月中旬頃~3月上旬頃です。
梅は桜と同じバラ目バラ科サクラ属の落葉樹で、開花の仕組みがよく似ています。梅は花の元となる花芽が前年の夏に形成されて休眠し、秋から冬に気温が低下すると休眠打破され、その後気温が上昇すると開花に向かって生長し、1月頃から開花します。

【高伝寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0952-23-6486(高伝寺)

【高伝寺 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月

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