香雪園(紅葉見ごろ10月下旬頃~)北海道紅葉名所

香雪園

香雪園

香雪園(アクセス・見どころ・・・)情報を紹介しています。香雪園は北海道の紅葉名所です。香雪園の紅葉見ごろは例年10月下旬頃~11月上旬頃です。香雪園では紅葉が見ごろを迎える時期にはこだてMOMI-Gフェスタが催され、ライトアップが行われたり、イベントが行われたりします。(要確認)香雪園は北海道内唯一の国の名勝に指定された庭園です。

【香雪園 アクセスマップ】
場所・・・北海道函館市見晴町56

【香雪園 アクセス・交通】
*JR函館駅からバスの場合、香雪園バス停(徒歩すぐ)

【香雪園 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【香雪園 時間(要確認)】
自由

【香雪園 料金(要確認)】
無料

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【香雪園 歴史・簡単概要】
香雪園(こうせつえん)は北海道函館市見晴町にあります。香雪園は見晴公園(みはらしこうえん)内にある面積約13.3ヘクタールの庭園(風景式庭園)です。ちなみに見晴公園は1958年(昭和33年)3月に開園し、日本の歴史公園100選に選ばれています。見晴公園には野球場(グラウンド)・遊具施設・緑のセンター・ゴルフ場などがあり、染井吉野(ソメイヨシノ)など約100本のサクラの木が植えられています。香雪園は1898年(明治31年)頃に行商から北海道有数の呉服商になった岩船峯次郎(いわふねみねじろう)が豪商の別荘が建ち並ぶ温泉保養地である湯川地区に造成したのが始まりとも言われています。香雪園の名称は大正時代に函館を訪れた京都・知恩院(ちおんいん)の貫主が「雪の中に梅香る園」という意味で名付けました。その後芝生広場・トイレなどを整備し、1927年(昭和2年)から市民に無料開放しました。1955年(昭和30年)に函館市が無償賃借契約を結び、隣接するゴルフ場を含めて都市計画を決定し、1959年(昭和34年)に函館市が土地を買収し、その後函館市最大の総合公園になりました。香雪園は2001年(平成13年)に国の名勝に指定されました。香雪園は純和風の園亭庭園区・西洋風の温室庭園区から構成され、書院造風の園亭・ホタル池・渓流の滝組・煉瓦造の温室・沈床式花壇などがあります。香雪園にはヤマモミジ・イロハモミジ・イタヤカエデ・イチョウ・カラマツなどが植えられています。
函館市(はこだてし)は北海道南西部に位置しています。函館市の名称は元々アイヌ語で湾の端を意味する「ウスケシ(宇須岸)」だったが、1454年(享徳3年)に津軽の豪族・河野政通(こうのまさみち)が館を築き、その形が箱に似ていることから「箱館」と言われるようになり、1869年(明治2年)に蝦夷地が北海道、箱館も函館に改められました。函館市はかつて北海道内で1番人口が多かったが、現在は札幌市・旭川市に次いで3番目に人口が多い都市です。函館市は北海道の北斗市・七飯町・鹿部町、海を隔てて青森県の大間町に接しています。ちなみに函館市は北海道の玄関口として青森と青函連絡船で結ばれていたが、1988年(昭和63年)の青函トンネルの開通によって連絡船は廃止されました。函館市は渡島半島の南東部・亀田半島に位置し、中心市街地は函館平野の東部にあり、東側に山地、南側に津軽海峡・西側に函館湾があります。ちなみに函館港は古来から天然の良港で、形が巴状になっていることから「巴の港」とも言われています。函館市は古来先住民の先住地だったが、15世紀中頃から蝦夷地経営の拠点となり、江戸時代中期に松前藩の番所、1802年(享和2年)に幕府の箱館奉行が置かれ、幕末の日米和親条約では下田とともに日本最初の開港場に指定されました。明治維新後に北海道開拓使出張所が置かれ、1908年(明治41年)に青函航路が開設され、大正時代には北洋漁業の基地として発展しました。
*参考・・・香雪園(アクセス・歴史・・・)

【香雪園 見どころ・文化財】
香雪園の見どころは香雪園の紅葉です。香雪園の紅葉は例年10月中旬頃から色付き始め、紅葉見ごろは例年10月下旬頃~11月上旬頃です。紅葉の見ごろにヤマモミジ・イロハモミジ・イタヤカエデ・イチョウ・カラマツなどが色付きます。紅葉のビュースポットは約100メートルのカエデ並木です。
紅葉は最低気温が8度以下の日が続くと見ごろが近くなり、最低気温が5度~6度になると一気に進むと言われています。紅葉は晴天が続き、湿度が低くて乾燥し、昼夜の寒暖の差が激しいと美しい紅葉が見られる言われています。

【香雪園 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0138-57-7210(函館市住宅都市施設公社花と緑の課東部公園事務所)

【香雪園 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
北海道紅葉名所・北海道紅葉見ごろ

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