香山公園(桜見ごろ3月下旬頃~)山口桜名所

香山公園

香山公園

香山公園(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。香山公園は山口の桜名所です。香山公園の桜見ごろは例年3月下旬頃~4月上旬頃です。香山公園にはソメイヨシノ(染井吉野)など約170本の桜の木が植えられ、ライトアップが行われています。(要確認)なお日本三名塔(醍醐寺・法隆寺)に数えられている瑠璃光寺の五重塔(国宝)もあります。

【香山公園 アクセスマップ】
場所・・・山口県山口市香山町7-1

【香山公園 アクセス・交通】
*JR山口駅(徒歩約25分)

*中国自動車道小郡IC(車約20分)

【香山公園 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【香山公園 時間(要確認)】
自由

【香山公園 料金(要確認)】
無料

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【香山公園 歴史・簡単概要】。
香山公園(こうざんこうえん)は山口県山口市香山町にあります。香山公園は瑠璃光寺(るりこうじ)の境内のことです。瑠璃光寺は室町時代に大内氏第25代当主・大内義弘(おおうちよしひろ)が創建した香積寺(こうしゃくじ)があった場所です。大内義弘は1399年(応永6年)に応永の乱を起こしたが、室町幕府3代将軍・足利義満(あしかがよしみつ)に敗れて戦死しました。その後大内義弘の弟で、大内氏第26代当主・大内盛見(おおうちもりはる)が兄を弔う為に五重塔(国宝)の建立を開始したが、1431年(永享3年)に大内盛見も少弐氏(しょうにし)に敗れて戦死し、1442年(嘉吉2年)頃に五重塔が完成ししました。1471年(文明3年)に大内氏の重臣・陶弘房(すえひろふさ)の夫人が夫・陶弘房の弔う為に安養寺(あんようじ)を山口市仁保高野に創建し、1492年(明応元年)に瑠璃光寺に寺号が改められました。1604年(慶長9年)に毛利氏第14代当主・毛利輝元(もうりてるもと)が香積寺を萩に移し、1690年(元禄3年)に瑠璃光寺が山口市仁保高野から香積寺跡に移りました。香山公園には枕流亭(ちんりゅうてい)・露山堂・香山墓地(毛利家墓所)・鴬張りの石畳・雪舟像などがあります。また香山公園にはソメイヨシノ(染井吉野)など約170本の桜の木やさるすべりの木なども植えられています。なお香山公園は日本の歴史公園100選に選定されています。
山口市(やまぐちし)は山口県中央部に位置しています。山口市は山口県の県庁所在地です。山口市は山口県の周南市・美祢市・宇部市・防府市・萩市、島根県の津和野町・吉賀町に接しています。山口市は山口市宮野上の標高約100メートルの坂堂峠(さかどうとうげ)付近を源とする二級河川・椹野川(ふしのがわ)中流域の山口盆地に位置し、南北に長い市域の南部を瀬戸内海の山口湾に面し、椹野川・佐波川(さばがわ)・阿武川(あぶがわ)などが流れています。山口市は市域の北部が中国山地南西端で寒暖の差が激しく、中部・南部が瀬戸内海式気候に属して比較的温暖です。山口市は南北朝時代の1360年(延文5年・正平15年)に大内氏第9代当主・大内弘世(おおうちひろよ)が周防国を平定し、京都を模して城下町を整備し、日明貿易によって栄えました。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の際に京都を逃れてきた文化人を受け入れ、大内文化(おおうちぶんか)が栄えて「西の京」とも言われました。山口市では1863年(文久9年)に長州藩第13代藩主・毛利敬親(もうりたかちか)が山口移鎮(やまぐちいちん)によって天守の無い平城・山口城に藩庁を移し、明治維新後に山口県庁に移行しました。
*参考・・・香山公園(アクセス・歴史・・・)

【香山公園 見どころ・文化財】
香山公園の見どころは香山公園の桜です。香山公園の桜見ごろは例年3月下旬頃~4月上旬頃です。桜のビュースポットは入口附近の池の前です。
桜(染井吉野)は2月1日以降の毎日の最高気温の積算が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。(誤差あり)なお地域によって若干差があるが、開花して5日から1週間ほどで満開になるとも言われています。

【香山公園 連絡先(要確認)】
電話番号・・・083-934-6630(香山公園前観光案内所)

【香山公園 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
山口桜名所・山口桜見ごろ

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