松本城(桜見ごろ4月上旬頃~)長野桜名所

松本城

松本城

松本城(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。松本城は長野の桜名所です。松本城の桜見ごろは例年4月上旬頃~4月中旬頃です。松本城にはソメイヨシノ(染井吉野)・八重桜など約300本の桜の木が植えられ、夜桜会が行われたり、松本城のライトアップが行われたりします。(要確認)残雪が残る北アルプスを背景にお花見を楽しむことができます。

【松本城 アクセスマップ】
場所・・・長野県松本市丸の内4-1

【松本城 アクセス・交通】
*JR松本駅から松本城周遊バス・北コースの場合、松本城・市役所前バス停(徒歩すぐ)
*JR松本駅(徒歩約15分)

*長野自動車道松本IC(車約20分)

【松本城 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【松本城 時間(要確認)】
通常
8:30~17:00(受付16:30終了)

ゴールデンウィーク期間・夏季期間
8:00~18:00(受付17:30終了)
年末(12月29日から31日)は休日

【松本城 料金(要確認)】
天守
大人610円、中学生・小学生300円

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【松本城 歴史・簡単概要】
松本城(まつもとじょう)は長野県松本市にあります。松本城は戦国時代の永正年間(1504年~1520年)に信濃守護・小笠原氏(府中小笠原氏)が林城(はやしじょう)を築城し、1504年(永正元年)に島立右近貞永がその支城のひとつとして深志城(ふかしじょう)を築城したのが起源とも言われています。天文年間(1532年~1555年)に武田信玄が信濃侵攻を開始し、1550年(天文19年)に林城・深志城などが落城して小笠原長時(おがさわらながとき)が追放され、林城が破却されて、深志城に城代・馬場信春(ばばのぶはる)が置かれました。その後1582年(天正10年)に織田信長が武田氏を滅ぼすと木曾義昌(きそよしまさ)が城主になり、1582年(天正10年)の本能寺の変後に小笠原洞雪(おがさわらどうせつさい)が城主になり、その後小笠原貞慶(おがさわらさだよし)が旧領を回復して松本城に改名しました。1590年(天正18年)に関白・豊臣秀吉が小田原征伐を行うと徳川家康の関東移封とともに松本城主・小笠原秀政(おがさわらひでまさ)も下総古河に移封され、徳川家康の重臣・石川数正(いしかわかずまさ)が入城し、石川数正とその子・石川康長(いしかわやすなが)が天守などの城郭や城下町を整備しました。天守は1593年(文禄2年)から1594年(文禄3年)に建てられたと言われています。その後小笠原氏・戸田氏・松平氏・堀田氏・水野氏・戸田氏と城主が変わり、1727年(享保12年)には本丸御殿が焼失し、藩政は二の丸で行われるようになりました。明治維新後の1872年(明治5年)に天守が競売に掛けられ、地元の有力者の尽力によって買い戻されたが、明治30年代頃に天守が大きく傾き、1903年(明治36年)から1913年(大正2年)まで明治の大修理が行われました。1876年(明治9年)の不審火によって二ノ丸御殿が全焼し、1950年(昭和25年)から1955年(昭和30年)まで解体復元工事が行われました。1990年(平成2年)に黒門二の門および袖塀が復元され、1999年(平成11年)に太鼓門枡形が復元されました。なお松本城は 国の史跡に指定され、日本100名城(29番)にも選定されています。
*参考・・・松本城(アクセス・歴史・・・)

【松本城 見どころ・文化財】
松本城の見どころは松本城の桜です。松本城の桜見ごろは例年4月上旬頃~4月中旬頃です。桜のビュースポットは北側のお堀周辺です。なおいずれも国宝である天守・乾小天守・渡櫓・辰巳附櫓・月見櫓も見どころです。天守は天守が国宝に指定されている5城(姫路城・犬山城・彦根城・松江城)のひとつです。
桜(染井吉野)は2月1日以降の毎日の最高気温の積算が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。(誤差あり)なお地域によって若干差があるが、開花して5日から1週間ほどで満開になるとも言われています。

【松本城 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0263-32-2902(松本城管理事務所)

【松本城 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
長野桜名所・長野桜見ごろ

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