毛越寺(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
毛越寺
毛越寺(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。毛越寺見どころ・浄土庭園は東西約180メートル・南北約90メートルの大泉が池を中心に作庭され、大泉が池のほぼ中央に東西約70メートル・南北約30メートルの勾玉状の中島があります。中島はかつて南大門側と17間の反橋、金堂円隆寺側と10間の斜橋で結ばれていたと古記録に記されているそうです。
【毛越寺 アクセスマップ】
場所・・・岩手県西磐井郡平泉町平泉字大沢58
【毛越寺 アクセス・交通】
*JR東北本線・平泉駅(徒歩約9分)
*岩手県交通平泉町巡回バスるんるん・毛越寺バス停(徒歩すぐ)
【毛越寺 アクセス・駐車場】
駐車場あり(町営毛越寺駐車場)
【毛越寺 時間(要確認)】
8:30~17:00(3/5~11/4)
8:30~16:30(11/5~3/4)
【毛越寺 料金(要確認)】
個人
大人500円、高校生300円、小・中学生100円
団体(30名以上)
大人450円、高校生270円、小・中学生90円
団体(100名以上)
大人400円、高校生240円、小・中学生80円
【毛越寺 歴史・簡単概要】
毛越寺(もうつうじ)は寺伝によると850年(嘉祥3年)に比叡山第3世天台座主である慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)が一宇の堂を建立し、自作の医王善逝の霊像を本尊に安置して嘉祥寺(かしょうじ)と号したのが起源とも言われています。円仁は東北巡遊の際、この地にさしかかると一面霧に覆われて一歩も前に進めなくなったが、地面に点々と落ちていた白鹿の毛をたどると白鹿がうずくまっており、白鹿に近づくと姿がかき消え、どこからともなく薬師如来の化身である一人の白髪の老人が現われ、この地に堂宇を建立して霊場にせよと告げたと言われています。ちなみに円仁は同年850年(嘉祥3年)に中尊寺(ちゅうそうんじ)を創建したとも言われています。また毛越寺・常行堂で秘法を修したとも言われています。869年(貞観11年)に「北門擁護の御願寺たるべし」との詔勅があったが、その後大火によって焼失して荒廃したと言われています。長治年間(1104年~1106年)に奥州藤原氏初代当主・藤原清衡(ふじわらのきよひら)と第2代当主・藤原基衡(ふじわらのもとひら)父子によって再興されて常行堂も再建され、第74代・鳥羽天皇から円隆寺の宣下と勅額・国家鎮護の勅願文を賜ったと言われています。その後第3代当主・藤原秀衡(ふじわらのひでひら)が社堂坊舎を増築し、鎌倉幕府が編纂した歴史書「吾妻鏡」に「堂塔四十余宇、禅房五百余宇」と記され、中尊寺をしのぐほどの大伽藍が造営されていたと言われています。1226年(嘉禄2年)の火災で嘉祥寺・円隆寺・講堂などを焼失するとその後も焼失し、1573年(天正元年)の兵火で常行堂・法華堂以外の社堂坊舎を焼失し、1597年(慶長2年)の野火では最後まで残っていた常行堂・法華堂も焼失しました。その後1732年(享保17年)に伊達氏宗家第21代当主で、仙台藩第5代藩主・伊達吉村(だてよしむら)が武運長久を願って常行堂を再建しました。1989年(平成元年)に平安様式に則って本堂が再建されました。
毛越寺は2011年(平成23年)に世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(平泉 仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群)のひとつに登録されました。
*参考・・・毛越寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ・毛越寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia
【毛越寺 見どころ・文化財】
毛越寺の見どころは特別名勝である浄土庭園です。浄土庭園は平安時代末期に作庭され、日本最古の作庭書「作庭記・前栽秘抄(平安時代)」の思想や技法を現在に伝えているとも言われています。浄土庭園は北側の塔山と言われる小山を背景にして、大泉が池に浄水をたたえ、その周辺に美しい海岸線を表す州浜・出島石組と池中立石(荒磯風の水分け・浪返しにあたる立石)・約4メートルの枯山水風の築山などが配されています。
【毛越寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0191-46-2331
【毛越寺 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月