毛越寺(桜見ごろ4月下旬頃)岩手桜名所

毛越寺

毛越寺(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。毛越寺は岩手の桜名所です。毛越寺の桜見ごろは例年4月下旬頃です。毛越寺にはソメイヨシノ(染井吉野)・ヤエザクラ(八重桜)・シダレザクラ(しだれ桜)など桜の木が植えられています。ただイベント・ライトアップは行われないそうです。(要確認)世界遺産に登録されています。

【毛越寺 アクセスマップ】
場所・・・岩手県西磐井郡平泉町平泉字大沢58

【毛越寺 アクセス・交通】
*東北本線平泉駅(徒歩約10分)
*東北本線平泉駅からバスの場合、毛越寺駐車場バス停(徒歩約3分)

*東北自動車道一関IC(車約15分)

【毛越寺 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【毛越寺 時間(要確認)】
8:30~17:00
8:30~16:30 (11月5日~3月4日)

【毛越寺 料金(要確認)】
大人700円、高校生400円、小中学生200円

広告

【毛越寺 歴史・簡単概要】
毛越寺(もうつうじ)は岩手県西磐井郡平泉町平泉字大沢にあります。毛越寺は寺伝によると平安時代前期の850年(嘉祥3年)に比叡山(ひえいざん)第3世天台座主(てんだいざす)である慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)が創建したと言われています。同年には天台宗東北大本山・中尊寺(ちゅうそんじ)も慈覚大師・円仁が創建しました。慈覚大師・円仁は東北巡遊中にこの地を訪れると一面霧に覆われて一歩も進めなくなり、足元を見ると白鹿の毛が点々と落ちていました。不思議に思って辿っていくと白鹿がうずくまっていたが、近付くと姿を消し、一人の白髪の老人が現われ、この地に堂宇を建立して霊場にせよと告げ、老人を薬師如来(やくしにょらい)の化身と感じたことから一宇の堂を建立し、嘉祥寺(かしょうじ)と号したのが起源です。その後大火で焼失して荒廃したが、平安時代後期に奥州藤原氏第2代当主・藤原基衡(ふじわらのもとひら)夫妻とその子・奥州藤原氏第3代当主・藤原 秀衡(ふじわらのひでひら)が伽藍を再建しました。「吾妻鏡(あずまかがみ)」によると往時には円隆寺と号せられる金堂など堂塔40・僧坊500を数え、中尊寺をしのぐほどの規模だった言われています。鎌倉時代初期に奥州藤原氏が滅亡したが、鎌倉幕府に保護されました。しかし鎌倉時代前期の1226年(嘉禄2年)の火災や戦国時代の1573年(天正元年)の兵火に見舞われ、土壇と礎石を残すだけになりました。ちなみに大泉が池(おおいずみがいけ)を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構がほぼ完全な状態で保存されています。江戸時代に伊達氏本家の仙台藩(せんだいはん)になり、1636年(寛永13年)の伊達氏第17代目当主・伊達政宗(だてまさむね)の死去の際、本尊・釈迦三尊(しゃかさんぞん)が伊達政宗の霊廟・瑞鳳殿(ずいほうでん)に隣接する菩提寺・瑞鳳寺(ずいほうじ)に遷されました。明治時代後半に本堂などが再建され、1921年(大正10年)に一関城の大手門を移して山門が建立されました。1989年(平成元年)に平安様式の新しい本堂が再建されました。2011年(平成23年)6月26日に「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-」の構成資産の一つとして世界遺産に登録されました。毛越寺にはソメイヨシノ(染井吉野)・ヤエザクラ(八重桜)・シダレザクラ(しだれ桜)など桜の木が植えられています。またアヤメ(菖蒲)・ハス(蓮)・ハギ(萩)なども植えられ、毛越寺萩まつりなどが行われています。ちなみに毛越寺から達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)に向かう途中には推定樹齢350年のエドヒガン(江戸彼岸)も植えられています。なお毛越寺は天台宗別格本山です。
*参考・・・毛越寺(アクセス・歴史・・・)

【毛越寺 見どころ・文化財】
毛越寺の見どころは毛越寺の桜です。毛越寺の桜見ごろは例年4月下旬頃です。
桜(染井吉野)は2月1日以降の毎日の最高気温の積算が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。(誤差あり)なお地域によって若干差があるが、開花して5日から1週間ほどで満開になるとも言われています。

【毛越寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0191-46-2331(毛越寺)

【毛越寺 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
岩手桜名所・岩手桜見ごろ

関連記事

広告

広告

ページ上部へ戻る