村山浅間神社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産

村山浅間神社

村山浅間神社

村山浅間神社(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。村山浅間神社はかつて鎌倉時代に建立された興法寺と神仏習合でした。興法寺大日堂は江戸時代末期に建立されたとも言われ、堂内には1259年(正嘉3年)の銘がある大日如来坐像や修験道の開祖で、流刑先の伊豆大島から毎晩海上を歩いて富士山に登っていったとも言われる役行者像を安置しています。

【村山浅間神社 アクセスマップ】
場所・・・静岡県富士宮市村山1151

【村山浅間神社 アクセス・交通】
*JR身延線・富士宮駅(徒歩約10分)からバス・粟倉万野線の場合、万野団地入口バス停(徒歩約1時間)

【村山浅間神社 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【村山浅間神社 時間(要確認)】
案内所
10:00~15:00(土曜日・日曜日・祝日)

【村山浅間神社 料金(要確認)】
無料

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【村山浅間神社 歴史・簡単概要】
村山浅間神社(むらやませんげんじんじゃ)は起源が明確ではありません。村山浅間神社は社伝によると紀元前474年(孝昭天皇2年)に富士山中腹の水精ケ岳(すいしょうがたけ)に創建されたとも言われています。その後第10代・崇神天皇から神領地や神戸を賜り、第15代・応神天皇が社殿を修造し、701年(大宝元年)には現在の場所に移されたとも言われています。鎌倉時代に村山修験の祖・末代上人(富士上人)ゆかりの修行者が寺院・興法寺を建立して神仏習合の地になったとも言われ、大日堂には1259年(正嘉3年)の銘がある大日如来坐像が安置されています。1486年(文明18年)に京都・聖護院門跡道興(しょうごいんもんぜきどうこう)が来訪し、聖護院を本寺とした本山派(天台宗系の修験道)に加わったとも言われています。戦国時代に今川氏が崇敬して庇護し、山内の法度を定めました。周辺には修験者や道者が集まって坊(村山三坊(池西坊・辻之坊・大鏡坊))が建ち並んだとも言われています。「絹本著色富士曼荼羅図(16世紀作)」には興法寺の諸堂を礼拝したり、水垢離(みずこり)をしたりする道者が描かれています。桃山時代に関白・豊臣秀吉が天下を統一すると村山郷内の神領75石が安堵され、江戸時代に将軍家から94石5斗の朱印領が寄せられ、大名や旗本などによる寄進や公家による社殿の修造が行われました。各地から修験者が集まり、富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)と並ぶほどだったとも言われています。明治維新後の神仏分離令によって興法寺は廃され、村山浅間神社と興法寺大日堂に分離されました。なお村山浅間神社は木花開耶姫・大山祗命・彦火火出見命・瓊々杵命・天照大神・伊弉諾尊・伊弉冉尊を祀っています。
村山浅間神社は2013年(平成25年)に世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(富士山 信仰の対象と芸術の源泉)のひとつに登録されました。
*参考・・・村山浅間神社(アクセス・歴史・・・)村山浅間神社(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【村山浅間神社 見どころ・文化財】
村山浅間神社の見どころは修験者や富士登拝の道者が水垢離で身を浄めたと言われる水垢離場です。水垢離場は間口約6.5メートル・奥行き約4メートル・深さ約0.6メートルで、周囲に石を積み、底には石が敷き詰められていました。水垢離場は古絵図などから龍頭の池の水を引いていたと言われています。

【村山浅間神社 連絡先(要確認)】
電話番号・・・ 0544-22-1111(富士宮市役所)

【村山浅間神社 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2018年(平成30年)4月

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