中山寺(アクセス・概要・見どころ・・・)
中山寺
中山寺(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。中山寺では毎月の戌(いぬ)の日に安産祈祷会が行われ、安産を願ったり、祈祷を受けた腹帯である鐘の緒(かねのお)を求めたりする為、多くの参詣者が訪れます。鐘の緒は女性の大役である出産の無事安泰を守る安産の腹帯で、中山寺では数百年絶えることなく日夜の祈念が行われているそうです。
【中山寺 アクセスマップ】
場所・・・兵庫県宝塚市中山寺2丁目11-1
【中山寺 アクセス・交通】
*阪急宝塚線・中山観音駅(徒歩すぐ)
*JR宝塚線 ・中山寺駅(徒歩約15分)
【中山寺 アクセス・駐車場】
駐車場なし
【中山寺 時間(要確認)】
自由
【中山寺 料金(要確認)】
無料
【中山寺 歴史・簡単概要】
中山寺(なかやまでら)は起源が明確ではありません。中山寺は第31代・用明天皇の第2皇子・聖徳太子が創建し、日本最初の観音霊場とも言われています。中山寺はかつて極楽中心仲山寺と称されていそうです。本尊・十一面観世音菩薩(重要文化財)は平安時代前期に造仏され、古くから安産・求子の観音として信仰されてきました。十一面観世音菩薩は仏法に帰依し、お釈迦さまの教えを悟得したインド・勝鬘夫人(しょうまんぶにん)が女人救済の悲願を込めて自ら等身像を刻んだという故事に由来する尊像と伝えられているそうです。その後代々皇室に篤く信仰され、安産祈願本邦随一の霊場として、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝などの武家や庶民にも深く信仰されました。中山寺には平安時代末期に多田城主・源行綱(多田行綱)が暇さえあれば観音様にお参りし、疑り深く不信心の妻を観音様が軒先に吊るされていた鰐口(わにぐち)の鐘の緒(かねのお)で戒め、妻が改心して人も羨む程に仲睦まじくなり、いつの頃からか子授かり・安産祈願に信仰されるようになったという鐘の緒の故事が残されています。その後兵火によって度々焼失し、安土桃山時代に伊丹城主・荒木村重の織田信長への謀反によって三重塔・多宝塔などが焼失し、桃山時代に関白・豊臣秀吉が祈願して三男・豊臣秀頼を授かり、1603年(慶長8年)に秀頼が賤ヶ岳の七本槍(しずがたけのしちほんやり)の一人である片桐且元(かたぎりかつもと)に命じて現在の本堂・護摩堂を再建しました。その後1646年(正保3年)には江戸幕府3代将軍・徳川家光が大門を再建しました。幕末に第122代・明治天皇の生母・中山一位局(中山慶子)が明治天皇を出産する際、鐘の緒を受けて平産したことから明治天皇の日本唯一の勅願所として霊徳を高め、安産の寺と全国に知られるようになりました。なお中山寺は本尊・十一面観世音菩薩を祀り、西国三十三所の第24番札所になっています。また近畿三十六不動尊霊場・摂津国三十三所・摂津国八十八所の札所にもなっています。
*参考・・・中山寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ・中山寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia
【中山寺 見どころ・文化財】
中山寺の見どころは1603年(慶長8年)に豊臣秀頼が片桐且元に命じて再建された本堂・護摩堂と1646年(正保3年)に徳川家光が再建した大門です。なお2016年(平成28年)に約400年振りに再建された五重塔も見どころです。五重塔は高さ約28.3メートルの木造瓦葺です。
重要文化財・・・木造十一面観音菩薩立像、木造薬師如来坐像、木造聖徳太子勝鬘経講讃坐像、木造大日如来坐像
【中山寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0797-87-0024
【中山寺 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月