日光東照宮(アクセス・歴史・・・)・世界遺産

日光東照宮

日光東照宮

日光東照宮(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。日光東照宮見どころ・陽明門は桁行(間口)約7メートル・梁間(奥行)約4メートル、棟高約11メートルです。陽明門には故事逸話や子供の遊び、聖人賢人など500以上の極彩色の彫刻が施され、いつまで見ていても見飽きないところから「日暮の門(日暮御門)」とも言われています。

【日光東照宮 アクセスマップ】
場所・・・栃木県日光市山内2301

【日光東照宮 アクセス・交通】
*JR日光駅・東武日光駅から東武バスの場合、西参道バス停(徒歩すぐ)

【日光東照宮 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【日光東照宮 時間(要確認)】
8:00~17:00(4/1~10/31)
8:00~16:00(11/1~3/31)

【日光東照宮 料金(要確認)】
日光東照宮
個人
大人・高校生1,300円、小・中学生450円

団体(35名以上)
大人・高校生1,170円、小・中学生405円

宝物館
個人
大人・高校生1,000円、小・中学生400円

団体(35名以上)
大人・高校生900円、小・中学生360円

美術館
個人
大人800円、高校生600円、小・中学生400円

団体(35名以上)
大人640円、高校生480円、小・中学生320円
日光東照宮・宝物館のセット料金あり

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【日光東照宮 歴史・簡単概要】
日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)・東照宮は1617年(元和3年)に江戸幕府初代将軍・徳川家康を神格化して祀ったのが起源です。徳川家康は1616年(元和2年)6月1日(旧暦の4月17日)に駿府城(静岡県静岡市)で亡くなり、直ちに駿河久能山に神葬されて久能山東照宮が造営されたが、翌1617年(元和3年)4月15日に「八州の鎮守となろう」という遺言によって久能山から現在の場所である下野日光に移されて祀られました。1617年(元和3年)4月17日に2代将軍・徳川秀忠などの公武参列のもとで正遷宮が行われて東照社として祀られ、朝廷から神号・東照大権現(とうしょうだいごんげん)と位階・正一位を賜りました。その後1634年(寛永11年)に3代将軍・徳川家光が社参し、1636年(寛永13年)に現在の社殿の多くを造替し、1645年(正保2年)には宮号を賜って東照宮と言われるようになりました。翌年の例祭からは朝廷からの奉幣が恒例となり、奉幣使(日光例幣使)が派遣されるようになりました。明治維新後の神仏分離により、日光東照宮・日光二荒山神社・日光山輪王寺に分立されました。なお日光東照宮は主祭神に徳川家康、相殿に豊臣秀吉・源頼朝を祀っています。
日光東照宮は1999年(平成11年)に世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(日光の社寺)のひとつに登録されました。
*参考・・・日光東照宮(アクセス・歴史・・・)ホームページ日光東照宮(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【日光東照宮 見どころ・文化財】
日光東照宮の見どころは神厩舎(しんきゅうしゃ)・陽明門・東西回廊です。
●日光東照宮見どころ・神厩舎は1636年(寛永13年)に3代将軍・徳川家光が造替しました。神厩舎は神馬(しんめ)の厩(うまや)で、昔から猿が馬を守るとされ、「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿の彫刻などが8面にあります。
●日光東照宮見どころ・陽明門は1636年(寛永13年)に3代将軍・徳川家光が造替しました。陽明門は三間一戸楼門で、桁行(間口)約7メートル・梁間(奥行)約4メートル、棟高約11メートルです。陽明門は平安京大内裏外郭十二門の陽明門に由来しています。なお陽明門は12本の柱の内の1本(背面西から2本目)が屈輪文が上下逆さになっており、「魔除けの逆柱」とも言われています。
●日光東照宮見どころ・東西回廊は1636年(寛永13年)に3代将軍・徳川家光が造替しました。東回廊の出入り口の蟇股(かえるまた)に左甚五郎が彫刻したとも言われている「眠り猫」があります。「眠り猫」は平和を象徴しているとも、徳川家康を護る為に寝ていると見せ掛け、いつでも飛びかかれる姿勢をしているとも言われています。

国宝・・・本殿(石の間・拝殿)、唐門(正面・背面)、陽明門、東西透塀、東西回廊
重要文化財・・・上社務所(祈祷殿)、神楽殿、神輿舎、鐘楼(銅鐘)、鼓楼、本地堂、経蔵(輪蔵)、上神庫、中神庫、下神庫、水屋、神厩、表門、五重塔、石鳥居、坂下門、奥社宝塔、奥社唐門、奥社石玉垣、奥社拝殿、奥社銅神庫、奥社鳥居、奥社石柵など

【日光東照宮 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0288-54-0560

【日光東照宮 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月

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