鹽竈神社(アクセス・概要・見どころ・・・)

鹽竈神社・塩釜神社

鹽竈神社・塩釜神社(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。鹽竈神社の鹽竈ザクラ(天然記念物)は第73代・堀河天皇が和歌(御製)「あけくれに さぞな愛でみむ 鹽竈の 桜の本に 海人のかくれや」と詠み、平安時代には既に生育していたと言われています。ちなみに鹽竈ザクラはサクラの一種で、花弁が約40片からなる大輪の八重桜です。

【鹽竈神社・塩釜神社 アクセスマップ】
場所・・・宮城県塩竈市一森山1-1

【鹽竈神社・塩釜神社 アクセス・交通】
*JR仙石線・本塩釜駅(表参道徒歩約15分)・(東参道徒歩約7分)

【鹽竈神社・塩釜神社 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【鹽竈神社・塩釜神社 時間(要確認)】
5:00~20:00

【鹽竈神社・塩釜神社 料金(要確認)】
無料

【鹽竈神社・塩釜神社 歴史・簡単概要】
鹽竈神社(しおがまじんじゃ)・塩釜神社は起源が明確ではありません。鹽竈神社は平安時代初期、第52代・嵯峨天皇の時代である820年(弘仁11年)に撰進された「弘仁式(こうにんしき)・主税式」に「鹽竈神を祭る料壱万束」と記されていることから平安時代以前から祀られていたとも言われています。また鹽竈神社は武甕槌命(たけみかづちのみこと)・経津主神(ふつぬしのかみ)が東北を平定した際に先導した塩土老翁神(しおつちのおじのかみ)が留まって製塩を教えたことが起源とも言われています。奈良時代の724年(神亀元年)に按察使・大野東人(おおののあずまびと)が国府・鎮守府を兼ねた多賀城(多賀柵)を築城するとその精神的な支えになって信仰されたとも言われています。1017年(寛仁元年)に第68代・後一条天皇の即位の際の大神宝使が派遣されました。その後平安時代に奥州藤原氏、鎌倉時代に鎌倉幕府の留守職・伊沢氏から崇敬され、鎌倉時代までに陸奥国一宮になったと言われています。また鎌倉時代以降に伊達氏にも篤く崇敬され、歴代藩主が大神主を務めました。1704年(宝永元年)に伊達氏第20代当主で、陸奥仙台藩第4代藩主・伊達綱村(だてつなむら)と第21代当主で、第5代藩主・伊達吉村(だてよしむら)が現在の社殿を造営しました。1874年(明治7年)に志波彦神社(しわひこじんじゃ)が境内に移されました。ちなみに志波彦神社は起源が明確ではありません。志波彦神社は「延喜式神名帳(927年(延長5年))」に名神大社として記され、それ以前から祀られていたとも言われています。なお鹽竈神社は別宮に塩土老翁神(主祭神)・左宮に武甕槌神・右宮に経津主神を祀り、志波彦神社は志波彦大神(しわひこおおみかみ)を祀っています。また神明社・八幡社・住吉社・稲荷社などの摂末社もあります。
*参考・・・鹽竈神社(アクセス・歴史・・・)ホームページ鹽竈神社(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【鹽竈神社・塩釜神社 見どころ・文化財】
鹽竈神社の見どころは左宮本殿・右宮本殿・別宮本殿です。左宮本殿・右宮本殿・別宮本殿は1695年(元禄8年)に地鎮が行われ、1704年(宝永元年)に完成したと言われています。左宮本殿・右宮本殿・別宮本殿は三間社流造の檜皮葺です。なお境内に約30本植えられている鹽竈ザクラも見どころです。鹽竈ザクラは1940年(昭和15年)に天然記念物に指定されたが、その後枯死しました。しかし枯死直前に接木され、京の桜守とも言われる佐野藤右衛門の指導により、苗木が育成され、1987年(昭和62年)に天然記念物として再指定されました。

重要文化財・・・左宮本殿、左宮幣殿、右宮本殿、右宮幣殿、左右宮廻廊、左右宮瑞垣、左右宮拝殿、別宮本殿、別宮幣殿、別宮廻廊、別宮瑞垣、別宮拝殿、門・廻廊、随身門、鳥居

【鹽竈神社・塩釜神社 連絡先(要確認)】
電話番号・・・022-367-1611

【鹽竈神社・塩釜神社 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2017年(平成29年)4月

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