城下公園(桜見ごろ・アクセス・・・)・大分桜名所

城下公園

城下公園(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。城下公園は大分の桜名所です。城下公園の桜見ごろは例年3月下旬頃~4月上旬頃です。城下公園にはソメイヨシノ(染井吉野)など約100本の桜の木が植えられています。ただイベント・ライトアップは行われないそうです。(要確認)前方に高崎山を望む別府湾の眺望が絶景で、大分県百景・別府八景に選ばれています。

【城下公園 アクセスマップ】
場所・・・大分県速見郡日出町2610-1

【城下公園 アクセス・交通】
*JR暘谷駅(徒歩約10分)

【城下公園 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【城下公園 時間(要確認)】

【城下公園 料金(要確認)】


【城下公園 歴史・簡単概要】
城下公園(しろしたこうえん)は大分県速見郡日出町にあります。城下公園は日出城址(ひじじょうし)の麓に整備された公園です。日出城は江戸時代初期の1602年(慶長7年)に豊臣秀吉(とよとみひでよし)の正室・ねね(高台院(こうだいいん))の甥で、豊後日出藩初代藩主・木下延俊(きのしたのぶとし)が義兄で、小倉藩初代藩主・細川忠興(ほそかわただおき)の支援を受けて築城しました。日出城は豊後日出藩第3代藩主・木下俊長(きのしたとしなが)が 中国の古書「淮南子(えなんじ)」の一節「日は暘谷(ようこく)より出でて咸池(かんち)に浴す(日出於暘谷 浴于咸池)」から暘谷城(ようこくじょう)と名付けたと言われています。1874年(明治7年)の廃城令により、日出城は江廃城処分になって建物が競売に掛けられ、本丸に開校した暘谷学舎に利用された望海櫓・鬼門櫓を除き、破却や移転によって撤去されました。日出城址には天守閣跡・城壁・お堀跡などが残されています。城下公園にはベンチ・野外卓・休憩所(あずまや)・水飲み場・高浜虚子(たかはまきょし)の句碑「海中に 真清水湧きて 魚育つ」などがあります。城下公園にはソメイヨシノ(染井吉野)など約100本の桜の木が植えられています。城下公園は前方に高崎山を望む別府湾の眺望が絶景で、大分県百景・別府八景に選ばれています。なお日出城址の本丸下の海岸は城下海岸とも言われ、城下公園に面する別府湾で獲れるマコガレイは城下カレイと言われています。
日出町(ひじまち)は大分県中部に位置しています。日出町の名称は古代の荘(しょう)名に由来しています。日出町は単独で速見郡(はやみぐん)を構成し、別府市・宇佐市・杵築市に接しています。日出町は別府市・杵築市と市民生活・文化面などでの結び付きが強く、大分市と経済的に関係が深くて大分都市圏に属し、大分市・別府市のベッドタウンになっています。日出町は北側を周防灘(すおうなだ)・東側を瀬戸内海の伊予灘(いよなだ)・南側を別府湾(べっぷわん)に囲まれている国東半島(くにさきはんとう)基部(南端部)に位置し、南側を別府湾に面しています。日出町は江戸時代初期の1601年(慶長6年)に豊臣秀吉(とよとみひでよし)の正室・ねね(高台院(こうだいいん))の甥で、豊後日出藩初代藩主・木下延俊(きのしたのぶとし)が入府して日出城(ひじじょう)を築城するとその城下町、豊前街道の宿場町として発達しました。日出城址の本丸下の海岸は城下海岸とも言われ、100~200メートル沖に湧く清水に育つマコガレイは城下カレイと言われています。日出町は西部の鹿鳴越(かなごえ)断層崖下の崖錐(がいすい)とそれ続く沖積地で稲作が行われ、東部の火山灰台地でミカンや野菜などが栽培されています。
*参考・・・城下公園(アクセス・歴史・・・)城下公園(アクセス・歴史・・・)

【城下公園 見どころ・文化財】
城下公園の見どころは城下公園の桜です。城下公園の桜見ごろは例年3月下旬頃~4月上旬頃です。
桜(染井吉野)は2月1日以降の毎日の最高気温の積算が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。(誤差あり)ちなみに標準木が5~6輪以上咲くと開花宣言が出されます。また地域によって若干差があるが、開花して5日から1週間ほどで満開になるとも言われています。なお桜は夏に花芽がつくられ、その後休眠ホルモンによって一旦休眠状態になり、冬の一定期間の厳しい寒さによって休眠打破が起こり、春の気温の上昇によって開花します。

【城下公園 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0977-72-4255(ひじ町ツーリズム協会)

【城下公園 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2017年(平成29年)4月
大分桜名所・大分桜見ごろ

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