闘鶏神社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産

闘鶏神社

闘鶏神社

闘鶏神社(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。闘鶏神社ゆかりの熊野本宮大社の社僧で、21代熊野別当・湛増(たんぞう)は武蔵坊弁慶の父とも言われ、弁慶産湯の釜や湛増が使ったと言われる鉄烏帽子・鉄扇、そして源義経(牛若丸)が奉納したと言われる笛(銘白竜)が残されています。なお境内には湛増と弁慶の像も建立されています。

【闘鶏神社 アクセスマップ】
場所・・・和歌山県田辺市東陽1-1

【闘鶏神社 アクセス・交通】
*JR紀伊田辺駅(徒歩約5分)

【闘鶏神社 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【闘鶏神社 時間(要確認)】
自由

【闘鶏神社 料金(要確認)】
無料

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【闘鶏神社 歴史・簡単概要】
闘鶏神社(とうけいじんじゃ)は起源が明確ではありません。闘鶏神社は424年(允恭天皇8年)9月に熊野坐神社(くまのにますじんじゃ(熊野本宮大社))を勧請し、田辺宮と称したのが起源とも言われています。また闘鶏神社は白河法皇(第72代・白河天皇)の時代(1096年(嘉保3年)~1129年(大治4年))に熊野路に強盗が多くって行幸を悩ませた為、熊野三所権現(熊野本宮大社の家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)・熊野速玉大社の熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)・熊野那智大社の熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ))を勧請し、三山参詣に替えたのが起源とも言われています。更に平安時代末期、熊野本宮大社の社僧で、18代熊野別当・湛快(たんかい)の時に熊野三所権現を勧請し、新熊野と称したとも言われています。1184年(元暦元年)の源平合戦の際に21代熊野別当・湛増(たんぞう)が赤を平氏・白を源氏に見立てて、紅白7羽の鶏を闘わせると白の鶏が勝ったことから源氏に味方することを決め、熊野水軍を率いて壇ノ浦へ出陣したと言われています。ちなみに闘鶏神社の名称は壇ノ浦合戦の故事に由来し、合権現の呼称も生まれたそうです。明治維新後に新熊野合権現から闘鶏神社に名称を改めました。なお闘鶏神社は本殿に伊邪那美命、西御殿に速玉之男命・事解之男神、上御殿に伊邪那岐命・天照皇大神・宇賀御魂命、中御殿に瓊々杵尊命・鵜草葺不合命・火々出見尊・天之忍穂耳命、下御殿に火産霊命・弥都波能売命・稚産霊命・埴山比売命、八百萬殿に手力男命・八百万神を祀っています。
闘鶏神社は2016年(平成28年)に世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(紀伊山地の霊場と参詣道)のひとつに登録されました。
*参考・・・闘鶏神社(アクセス・歴史・・・)闘鶏神社(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【闘鶏神社 見どころ・文化財】
闘鶏神社の見どころは重要文化財である本殿・西御殿・上御殿・中御殿・下御殿・八百萬殿です。本殿は1661年(寛文元年)、西御殿は1662年(元文2年)、上御殿は江戸時代前期、中御殿・下御殿・八百萬殿は1748年(延享5年)に建立されました。なお本殿・上御殿は向造の檜皮葺、西御殿は堂造、中御殿・下御殿は流造、八百万殿は向造です。

重要文化財・・・社殿(本殿・西御殿・上御殿・中御殿・下御殿・八百萬殿)

【闘鶏神社 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0739-22-0155

【闘鶏神社 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2018年(平成30年)4月

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