東口本宮冨士浅間神社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産

東口本宮冨士浅間神社

東口本宮冨士浅間神社

東口本宮冨士浅間神社(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。東口本宮冨士浅間神社の境外末社・迎久須志之神社(むかえくすしのじんじゃ)は富士山9合目に祀られています。富士山8合目以上は富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)が奥宮の境内地としているが、古くからの習わしなどから飛び地境内となっているそうです。

【東口本宮冨士浅間神社 アクセスマップ】
場所・・・静岡県駿東郡小山町須走126番地

【東口本宮冨士浅間神社 アクセス・交通】
*JR御殿場駅から富士急行バス・須走富士学校行きまたは河口湖行きの場合、須走浅間神社前バス停(徒歩すぐ)

【東口本宮冨士浅間神社 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【東口本宮冨士浅間神社 時間(要確認)】
社務所・資料館
8:30~17:00

【東口本宮冨士浅間神社 料金(要確認)】
無料

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【東口本宮冨士浅間神社 歴史・簡単概要】
東口本宮冨士浅間神社(ひがしぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ)・須走浅間神社(すばしりせんげんじんじゃ)は起源が明確ではありません。東口本宮冨士浅間神社は807年(大同2年)に創建されたとも言われています。802年(延暦21年)に富士山東脚が噴火し、朝廷の役人である国司・郡司が恐れおののく住人の為、富士山東面・須走の地に斎場を設けて鎮火を祈願する鎮火祭を行うと同年4月の初申の日に噴火が収まり、807年(大同2年)に御神威を畏み、お礼の報賽に鎮火祭跡地に社殿を造営したと言われています。その後真言宗の宗祖である弘法大師・空海が修行を行い、富士登山をしたとも言われ、中世頃までは弘法寺浅間宮とも称されていました。室町時代後半以降から一般庶民による富士山登拝信仰や修験道者の信仰が盛んになり、須走口登山道・須走の宿場町とともに栄え、9合目の迎久須志之神社(むかえくすしのじんじゃ)・6合目の胎内神社(たいないじんじゃ)・5合目の古御岳神社(こみたけじんじゃ)・4合目の御室浅間神社(おむろせんげんじんじゃ)・2合目の雲霧神社(くもきりじんじゃ)で神職が祭祀を行いました。1707年(宝永4年)の宝永大噴火によって須走村が大きな被害を受け、1749年(寛延2年)に富士登山を統制する御師株が結成されました。その後大正から昭和初期に富士講による登山参拝者が増え、講社が講碑群を建立・寄進しました。なお東口本宮冨士浅間神社は主祭神に木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、相殿神に大己貴命(おおなむちのみこと)・彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)を祀っています。
東口本宮冨士浅間神社は2013年(平成25年)に世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(富士山 信仰の対象と芸術の源泉)のひとつに登録されました。
*参考・・・東口本宮冨士浅間神社(アクセス・歴史・・・)ホームページ東口本宮冨士浅間神社(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【東口本宮冨士浅間神社 見どころ・文化財】
東口本宮冨士浅間神社の見どころは1707年(宝永4年)の宝永大噴火後に再建された社殿(本殿・幣殿・拝殿)・随神門です。本殿・幣殿・拝殿は一体となっている権現造で、1958年(昭和33年)の修繕に際に屋根が千鳥破風に変えられました。2007年(平成19年)の鎮座1200年祭の記念事業の一環として大修理が行われました。随神門は小田原藩主・大久保加賀守が再建しました。随神門は表の両脇に随神(門神)である櫛岩間戸神(くしいわまどのかみ)と豊岩間戸神(とよいわまどのかみ)が祀られ、裏の両脇に例大祭で担がれる富士山神輿が2基納められています。

【東口本宮冨士浅間神社 連絡先(要確認)】
電話番号・・・ 0550-75-2038

【東口本宮冨士浅間神社 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2018年(平成30年)4月

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