池上本門寺(アクセス・概要・見どころ・・・)

池上本門寺

池上本門寺

池上本門寺(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。池上本門寺見どころ・五重塔は江戸幕府第2代将軍・徳川秀忠が15歳の時に悪性の疱瘡になり、乳母・岡部局が「心願が成就したあかつきには御礼に仏塔を寄進する」として、日惺聖人に平癒祈願を依頼して快癒し、秀忠の将軍就任後にそのお礼と武運長久を祈り、1608年(慶長13年)に建立されました。

【池上本門寺 アクセスマップ】
場所・・・東京都大田区池上1-1-1

【池上本門寺 アクセス・交通】
*東急池上線・池上駅(徒歩約10分)
*都営浅草線・西馬込駅(徒歩約12分)
*JR京浜東北線・大森駅からバス・池上駅行きの場合、本門寺前バス停(徒歩約5分)

【池上本門寺 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【池上本門寺 時間(要確認)】
17:00閉堂

【池上本門寺 料金(要確認)】
無料

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【池上本門寺 歴史・簡単概要】
池上本門寺(いけがみほんもんじ)は1282年(弘安5年)10月13日辰の刻(午前8時頃)に日蓮宗(法華宗)の宗祖・日蓮聖人が61歳で入滅(臨終)した霊跡です。日蓮聖人は1282年(弘安5年)9月8日に9年間住んでいた山梨・身延山(みのぶさん)に別れを告げて病気療養の為に常陸(茨城)の湯に向かう途中、武蔵国池上の郷主・池上宗仲(いけがみむねなか)の館で亡くなりました。長栄山本門寺の名称は日蓮聖人が「法華経の道場として長く栄えるように」という祈りを込めて名付けました。10月13日の日蓮聖人入滅後に大檀越・池上宗仲が法華経の字数(69,384)に合わせ、約7万坪の寺域を寄進して礎が築かれたことから池上本門寺と言われるようになりました。その後六老僧の一人である日朗(にちろうしょうにん)が継承し、宗仲が伽藍を整備しました。1288年(正応元年)の日蓮聖人7回忌に六老僧の一人である日持上人(にちじしょうにん)・日浄上人(にちじょうしょうにん)が大願主になって日蓮聖人の尊像(重要文化財)を造立し、ありし日の姿を映したことから「生身の御尊像」と言われるようになりました。その後身延山・久遠寺(くおんじ)とともに宗門の最重要寺院に位置付けられました。鎌倉時代・室町時代に関東武士の庇護を受け、関白・豊臣秀吉の命によって江戸幕府初代将軍・徳川家康が江戸へ入府すると徳川家や肥後熊本藩初代藩主・加藤清正などの諸侯の外護を得て、大伽藍が整備されました。江戸時代後期に江戸の庶民に祖師信仰・法華信仰が高まると寺運がますます隆盛し、日蓮聖人の命日に行われる法要・お会式(おえしき)に江戸の庶民が群参しました。太平洋戦争の空襲によって五重塔・総門・経蔵・宝塔などの伽藍を焼失したが、その後順次再建されました。
*参考・・・池上本門寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ池上本門寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【池上本門寺 見どころ・文化財】
池上本門寺の見どころは五重塔・多宝塔です。
●池上本門寺見どころ・五重塔は1608年(慶長13年)に江戸幕府第2代将軍・徳川秀忠の乳母・岡部局(正心院)の発願によって建立されました。五重塔は高さ約31.8メートルで、屋根は初層・二層が本瓦葺、三層以上が銅板葺です。なお五重塔は1614年(慶長19年)の大地震で傾き、1701(元禄15年)に第5代将軍・徳川綱吉の命で現在の場所に移されて修復されました。なお1997年(平成9年)から日蓮聖人立教開宗七百五十年慶讃記念事業の一つとして、全解体修理が行われました。
●池上本門寺見どころ・多宝塔は日蓮聖人の入滅の際の荼毘所です。多宝塔は1828年(文政11年)に宗祖550遠忌を記念し、前犬山城主成瀬侯・家老浅野蔀を大本願人として再建された。なお多宝塔は円筒形の塔身に宝形屋根を載せた宝塔形式の総高約17.5メートルの塔です。

重要文化財・・・五重塔、宝塔、木造日蓮聖人坐像、兄弟抄 日蓮筆

【池上本門寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・03-3752-2331

【池上本門寺 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2018年(平成30年)4月

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