中尊寺(アクセス・歴史・・・)・世界遺産

中尊寺

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中尊寺(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。中尊寺見どころ・金色堂には阿弥陀如来を中心に両脇に観音菩薩・勢至菩薩、6体の地蔵菩薩・持国天・増長天が安置され、孔雀があしらわれた須弥壇内に藤原清衡(奥州藤原氏初代当主)・基衡(2代当主)・秀衡(3代当主)のミイラ化した遺体と泰衡(4代当主)の首級が金色の棺に納められています。

【中尊寺 アクセスマップ】
場所・・・岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202

【中尊寺 アクセス・交通】
*JR平泉駅(徒歩約25分)

【中尊寺 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【中尊寺 時間(要確認)】
8:30~17:00 受付16:50終了(3/1~11/3)
8:30~16:30 受付16:20終了(11/4~2/末日)

【中尊寺 料金(要確認)】
個人
大人800円、高校生500円、中学生300円、小学生200円

団体(30名以上)
大人720円、高校生450円、中学生270円、小学生180円

団体(100名以上)
大人640円、高校生400円、中学生240円、小学生160円

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【中尊寺 歴史・簡単概要】
中尊寺(ちゅうそんじ)は起源が明確ではありません。中尊寺は寺伝によると850年(嘉祥3年)に比叡山第3世天台座主である慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)が関山弘台寿院として創建したのが起源とも言われています。また円仁は同年850年(嘉祥3年)に毛越寺(もうつうじ)も創建したとも言われています。その後859年(貞観元年)に第52代・清和天皇から額「中尊寺」を賜ったとも言われています。また中尊寺は1105年(長治2年)に奥州藤原氏初代当主・藤原清衡(ふじわらのきよひら)が東北地方の中心である関山に一基の塔を建て、釈迦如来・多宝如来の並座する多宝寺を建立し、続いて百余体の釈迦如来を安置する釈迦堂を建立したのが起源とも言われています。清衡は釈迦如来によって説かれた法華経に深く帰依し、その平等思想に基づき、11世紀後半に東北で続いた戦乱(前九年の役・後三年の役)で亡くなった生きとし生けるものの霊を敵味方の別なく慰め、「みちのく」と言われる辺境・東北に仏の教えによる平和な理想社会・仏国土を建設する為だったとも言われています。中尊寺は鎌倉幕府が編纂した歴史書「吾妻鏡」によると寺塔が四十、禅坊(僧の宿舎)が三百に及んだと言われています。1189年(文治5年)に鎌倉幕府初代将軍・源頼朝が奥州藤原氏を滅亡させると徐々に衰退し、1337年(建武4年)の火災では金色堂を残して、多くの堂塔・宝物を焼失しました。江戸時代に仙台藩領内となって伊達氏の庇護を受けて堂宇の補修・建立が行われ、1654年(承応3年)に仙台・仙岳院が別当寺になり、1665年(寛文5年)には江戸・寛永寺の末寺となったが、1689年(元禄2年)に俳人・松尾芭蕉が荒廃ぶりを嘆いたと言われています。
中尊寺は2011年(平成23年)に世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(平泉 仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群)のひとつに登録されました。
*参考・・・中尊寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ中尊寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【中尊寺 見どころ・文化財】
中尊寺の見どころは国宝である金色堂(阿弥陀堂)です。金色堂は平安時代末期の1124年(天治元年)に奥州藤原氏初代当主・藤原清衡が建立しました。金色堂は一辺が5.5メートルの方三間の仏堂で、かつては室町時代中頃に建てられた旧覆堂(重要文化財)に覆われていました。金色堂の名称は建物の内外が総金箔張りであることに由来しています。

国宝・・・金色堂、金色堂堂内諸像・天蓋、金色堂堂内具など
重要文化財・・・木造一字金輪坐像、能面延命冠者、木造阿弥陀如来坐像

【中尊寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0191-46-2211

【中尊寺 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2018年(平成30年)4月

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