薬師寺(アクセス・歴史・・・)・世界遺産

薬師寺

薬師寺(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。薬師寺見どころ・東塔は総高約34.1メートルで、江戸時代以前に建立された仏塔として、京都東寺・奈良興福寺・京都醍醐寺の五重塔に次いで国内で4番目に高い塔です。東塔は一見六重に見えるが、三重の塔の各層に小さい屋根・裳階(もこし)が付けられています。下から1・3・5番目の屋根が裳階です。

【薬師寺 アクセスマップ】
場所・・・奈良県奈良市西ノ京町457

【薬師寺 アクセス・交通】
*近鉄西ノ京駅(徒歩約5分)

【薬師寺 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【薬師寺 時間(要確認)】
8:30~17:00 受付16:30終了

【薬師寺 料金(要確認)】
玄奘三蔵院伽藍非公開時
個人
大人800円、高校生・中学生500円、小学生200円

団体(25名以上)
大人720円、高校生・中学生450円、小学生180円

玄奘三蔵院伽藍公開時
個人
大人1,100円、高校生・中学生700円、小学生300円

団体(25名以上)
大人1,000円、高校生・中学生630円、小学生270円

【薬師寺 歴史・簡単概要】
薬師寺(やくしじ)は「日本書紀」によると680年(天武天皇9年)に第40代・天武天皇が皇后・鵜野讃良皇女(うののさららこうじょ)の病気平癒を祈願する為に発願し、百僧を得度(出家)させたのが起源とも言われています。その後686年(天武天皇15年)に天武天皇が崩御して、皇后・鵜野讃良皇女が第41代・持統天皇に即位し、688年(持統天皇2年)に無遮大会(かぎりなきおがみ)が設けられ、698年(文武天皇2年)には講堂で阿弥陀大繍仏の開眼供養が行われました。この時期に伽藍がほぼ完成し、僧侶を住まわせ始めたとも言われています。しかし710年(和銅3年)の第43代・元明天皇による平城京遷都により、718年(養老2年)に現在の場所である西ノ京(平城京右京六条二坊)に移りました。ちなみに飛鳥の薬師寺(本薬師寺)はしばらく存続していたそうです。722年(養老6年)に天武天皇の為に弥勒像、持統天皇の為に釈迦像が造仏され、養老年間(717年~724年)に吉備内親王が元明天皇の為に東院を建立し、730年(天平2年)には東塔が建立されました。奈良時代に四大寺(大安寺 (大官大寺) ・元興寺・興福寺)に数えられ、平安時代前期には南都七大寺(興福寺・東大寺・西大寺・元興寺・大安寺・法隆寺)に数えられました。その後973年(天禄4年)の火災によって講堂などを焼失したり、大風・地震などに見舞われたり、更に1528年(享禄元年)の戦国大名・筒井順興(つついじゅんこう)の兵火により、多くの伽藍を焼失し、平城京創建当時の伽藍は東塔だけになりました。1976年(昭和51年)に金堂、1981年(昭和56年)に西塔が再建され、1991年(平成3年)には玄奘三蔵院が建立されました。
薬師寺は1998年(平成10年)に世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都奈良の文化財)のひとつに登録されました。
*参考・・・薬師寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ薬師寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【薬師寺 見どころ・文化財】
薬師寺の見どころはいずれも国宝である東塔・東院堂です。
●薬師寺見どころ・東塔は730年(天平2年)に建立されたと言われています。東塔は2016年(平成28年)に心柱が710年(和銅3年)の平城京遷都後の719年(養老3年)に伐採されたことが分かりました。東塔は総高約34.1メートルで、江戸時代以前に建立された仏塔として、京都東寺・奈良興福寺・京都醍醐寺の五重塔に次いで国内で4番目に高い塔です。
●薬師寺見どころ・東院堂は養老年間(717年~724年)に吉備内親王が第43代・元明天皇の冥福を祈る為に建立したが、その後焼失し、1285年(弘安8年)に再建されました。

国宝・・・東塔、東院堂、銅造薬師如来及両脇侍像(薬師三尊像)、銅造観音菩薩立像
重要文化財・・・南門、休岡八幡神社社殿、若宮社社殿、板絵著色神像、銅造如来及両脇侍像、木造十一面観音立像、木造地蔵菩薩立像、木造地蔵菩薩立像 善円作、木造伝大津皇子坐像、銅鐘(梵鐘)など

【薬師寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0742-33-6001

【薬師寺 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2017年(平成29年)4月

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