防府天満宮(アクセス・概要・見どころ・・・)

防府天満宮

防府天満宮(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。防府天満宮の祭礼・裸坊祭(はだかぼうまつり)は1004年(寛弘元年)10月15日に第66代・一条天皇の勅使が京都から山口防府に派遣され、祭神・菅原道真の霊を慰める勅使降祭が行われ、天皇から初めて「無実の罪」が奏上されたことが起源と言われています。

【防府天満宮 アクセスマップ】
場所・・・山口県防府市松崎町14-1

【防府天満宮 アクセス・交通】
*山陽本線・防府駅(徒歩約15分)
*山陽本線・防府駅からバス・阿弥陀寺行きの場合、防府天満宮バス停(徒歩約3分)

【防府天満宮 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【防府天満宮 時間(要確認)】
6:00~20:00
年中無休

歴史館
9:00~16:30

【防府天満宮 料金(要確認)】
無料

歴史館
個人
大人500円、高校生以下入場無料

団体(20名以上)
大人400円

【防府天満宮 歴史・簡単概要】
防府天満宮(ほうふてんまんぐう)は祭神・菅原道真が京都から左遷されて大宰府で亡くなった翌904年(延喜2年)に創建されました。防府天満宮は「日本最初に創建された天神様」とも言われ、かつて松崎天満宮・宮市天満宮などと称していたそうです。菅原道真は左遷されて京都から九州・大宰府への西下の途中、同族である山口周防国司・土師氏(はじし)を頼って本州最後の寄港地となる防府勝間の浦に着船し、「此地未だ帝土を離れず願わくは居をこの所に占めむ」と願って九州に旅立ちました。その後903年(延喜3年)2月25日に道真が大宰府で亡くなるとその日に勝間の浦に神光が現れ、酒垂山(天神山)に瑞雲が棚引って人々を驚かせ、国司などは道真の霊魂が光となり、雲となってこの地に帰ってきたことを悟り、904年(延喜2年)に道真の願い通りに霊魂の「居(住まい)」を「この所」である松崎の地に建立し、「松崎の社」と号したと言われています。1195年(建久6年)に僧で、国司・俊乗坊重源(しゅんじょうぼうちょうげん )が社殿を平安風に改修したが、その後度々火災に見舞われ、鎌倉時代以降に大内氏・毛利氏の援助によって再建されました。江戸時代中期にも社殿が再建されたが、1952年(昭和27年)に焼失し、1958年(昭和33年)に現在の社殿が京都大学教授・村田治郎の指導、工学博士・杉山信三の設計によって再建されました。ちなみに1822年(文政5年)に長州藩第10代藩主・毛利斉熙(もうりなりひろ)が五重塔の建立に着手したが、1831年(天保2年)に中断して完成はしませんでした。なお防府天満宮は菅原道真・天穂日命(あめのほひのみこと)・武夷鳥命(たけひなどりのみこと)・野見宿禰(のみのすくね)を祀り、京都・北野天満宮(きたのてんまんぐう)と福岡・太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)とともに日本三大天神と言われています。
*参考・・・防府天満宮(アクセス・歴史・・・)ホームページ防府天満宮(アクセス・歴史・・・)

【防府天満宮 見どころ・文化財】
防府天満宮の見どころは毎年11月に行われている裸坊祭です。裸坊祭では祭神・菅原道真の霊を移した重さ500キロの御網代輿(おあじろこし)が約5,000人の裸坊とともに道真着船の地である勝間の浦の御旅所(浜殿)までの約2,5キロを巡行します。なおいずれも登録有形文化財である本殿・春風楼も見どころです。本殿は1958年(昭和33年)に幣殿・拝殿とともに再建されました。本殿は入母屋造の銅板茸です。春風楼は1873年(明治6年)に造営されました。春風楼は楼閣様式のお篭り堂です。

重要文化財・・・紙本著色松崎天神縁起絵巻 箱入6巻、木造大日如来坐像、獅子頭1面、金銅宝塔、梵鐘、松藤蒔絵文台硯箱 一具、浅黄糸威褄取鎧 兜付、浅黄糸威鎧、紫韋威鎧

【防府天満宮 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0835-23-7700

【防府天満宮 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2017年(平成29年)4月

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