建長寺(紅葉見ごろ11月中旬頃~)神奈川紅葉名所

建長寺

建長寺

建長寺(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。建長寺は神奈川の紅葉名所です。建長寺の紅葉見ごろは例年11月中旬頃~12月下旬頃です。建長寺では境内最奥にある鎮守・半僧坊近くの紅葉が美しいとも言われています。半僧坊は瑞泉寺など二階堂方面の寺々を巡る長さ約4キロの天園ハイキングコースの入口になっており、ハイキングも楽しめます。

【建長寺 アクセスマップ】
場所・・・神奈川県鎌倉市山ノ内8

【建長寺 アクセス・交通】
*JR北鎌倉駅(徒歩約20分)

*横浜横須賀道路朝比奈IC(車約15分)

【建長寺 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【建長寺 時間(要確認)】
8:30~16:30

【建長寺 料金(要確認)】
大人500円、中学生・小学生200円

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【建長寺 歴史・簡単概要】
建長寺(けんちょうじ)は神奈川県鎌倉市山ノ内にあります。建長寺はかつて地獄谷とも言われた罪人の処刑場で、地蔵菩薩を本尊とする伽羅陀山心平寺という仏堂が建立されていたが、建長寺創建時に巨福呂坂(こぶくろざか)に移されたとも言われています。建長寺は鎌倉時代中期の1253年(建長5年)に鎌倉幕府5代執権・北条時頼(ほうじょうときより)が南宋からの渡来僧・蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を開山として創建しました。建長寺は鎌倉幕府の公式記録「吾妻鏡(あづまかがみ・東鑑)」によると1251年(建長3年)から造営が始められ、1253年(建長5年)に落慶供養が行われました。建長寺は中国宋朝風の臨済禅だけを修行する専門道場で、日本初の禅寺と称しました。建長寺は鎌倉五山の第1位に列せられました。1293年(正応6年)4月の鎌倉大地震によって伽藍の大半が倒壊・炎上し、その後元(中国)から渡来した一山一寧(いっさんいちねい)が再建を開始し、鎌倉時代末期に修復費用の為に鎌倉幕府公認で、元(中国)への貿易船が派遣され、建長寺船とも言われました。1315年(正和4年)・1416年(応永23年)の火災などによって度々焼失し、創建時の伽藍を失いました。江戸時代に徳川家の援助によって主要な伽藍が新築されたり、他から移築されたりしたが、1923年(大正12年)の関東大震災でも大きな被害を受けました。建長寺にはモミジ・イチョウなどが分布しています。建長寺は本尊とし地蔵菩薩を安置する臨済宗建長寺派の大本山です。
鎌倉市(かまくらし)は神奈川県南東部に位置しています。鎌倉市の名称は鎌形に曲がった地形とクラと言われる洞穴(どうけつ)が多かったことに由来しています。鎌倉市は横浜市・逗子市・藤沢市に接しています。鎌倉市は太平洋に向けて突き出し、東京湾と相模湾(さがみわん)とを分ける三浦半島(みうらはんとう)西側に位置し、北側・東側・西側の三方を丘陵地に囲まれ、南側を相模湾に面しています。鎌倉市は天然の要害で、古代、に鎌倉郡の郡衙(ぐんが)が置かれ、豪族・鎌倉氏の本拠でした。鎌倉市は1192年(建久3年)に征夷大将軍となった源頼朝(みなもとのよりとも)が鎌倉幕府(かまくらばくふ)を置き、1333年(元弘3年)の東勝寺合戦(とうしょうじがっせん)によって鎌倉幕府が滅亡するまでの約150年間、武家政治の中心地として繁栄しました。鎌倉市には鎌倉のシンボルである鶴岡八幡宮(鎌倉八幡宮)・鎌倉の大仏(長谷の大仏)として知られる高徳院(こうとくいん)、鎌倉五山に数えられた建長寺(けんちょうじ)・円覚寺(えんがくじ)・寿福寺(じゅふくじ)・浄智寺(じょうちじ)、・浄妙寺(じょうみょうじ)そして長谷寺(はせでら)・極楽寺(ごくらくじ)・銭洗弁財天宇賀福神社(ぜにあらいべんざいてんうがふくじんじゃ)・明月院(めいげついん)などがあります。
*参考・・・建長寺(アクセス・歴史・・・)

【建長寺 見どころ・文化財】
建長寺の見どころは建長寺の紅葉です。建長寺の紅葉は例年11月上旬頃から色付き始め、紅葉見ごろは例年11月中旬頃~12月下旬頃です。紅葉の見ごろにモミジ・イチョウなどが色付きます。
紅葉は最低気温が8度以下の日が続くと見ごろが近くなり、最低気温が5度~6度になると一気に進むと言われています。紅葉は晴天が続き、湿度が低くて乾燥し、昼夜の寒暖の差が激しいと美しい紅葉が見られる言われています。

【建長寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・ 0467-22-0981(建長寺)

【建長寺 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
神奈川紅葉名所・神奈川紅葉見ごろ

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