熊野那智大社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産

熊野那智大社

熊野那智大社

熊野那智大社(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。熊野那智大社の例大祭・那智の火祭り(那智の扇祭り)では12体の熊野の神々を那智の滝の姿を表した高さ約6メートルの12体の扇神輿に移し、熊野那智大社から那智の滝(別宮・飛瀧神社)まで渡御します。渡御中の参道では重さ約50キロ~60キロの12本の大松明で迎え、その炎で清めます。

【熊野那智大社 アクセスマップ】
場所・・・和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1

【熊野那智大社 アクセス・交通】
*JR紀勢本線・紀伊勝浦駅から熊野交通バスの場合、那智山バス停

【熊野那智大社 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【熊野那智大社 時間(要確認)】
熊野那智大社
6:00~16:30

宝物殿
8:00~16:00

【熊野那智大社 料金(要確認)】
宝物殿
大人300円、小・中学生200円

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【熊野那智大社 歴史・簡単概要】
熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)は起源が明確ではありません。熊野那智大社は社伝によると初代・神武天皇となる神日本磐余彦命(かむやまといわれひこのみこと)の東征が起源と言われています。紀元前662年に神日本磐余彦命の一行が丹敷浦(にしきうら・那智の浜)に上陸し、光り輝く山を目指して行くと那智御瀧(那智の滝)があり、那智御瀧を大己貴命(おおなむちのみこと・大国主(おおくにぬし))の現れたるご神体として祀りました。神日本磐余彦命の一行は天照大神(あまてらすおおみかみ)から使わされた八咫烏(やたがらす)に先導にされて奈良・大和橿原に入り、紀元前660年2月11日に神日本磐余彦命が初代・神武天皇として即位し、八咫烏は熊野に戻って石(烏石)の姿になって休んでいると言われています。その後熊野の神々が光ヶ峯に降臨されて滝本に祀られていたが、317年(仁徳天皇5年)に那智山中腹に社殿を造営し、熊野の神々・御瀧の神が移されました。熊野那智大社の社殿造営は熊野三山の中で熊野本宮大社・熊野速玉大社よりも遅かったと言われています。なお熊野那智大社は上五社の第一殿(瀧宮)に大己貴命(飛瀧権現・第二殿(證証殿)に家津御子大神と国常立尊・第三殿(中御前)に御子速玉大神・第四殿(西御前)に熊野夫須美大神・第五殿(若宮)に天照大神、中四社・下四社(第六殿・八社殿)の(禅児宮)に忍穂耳尊・(聖宮)に瓊々杵尊、(児宮)に彦火火出見尊・(子守宮)に鵜葺草葺不合命・(一万宮・十万宮)に国狭槌尊と豊斟渟尊・(米持金剛)に泥土煮尊・(飛行夜叉)に大戸道尊・(勧請十五所)に面足尊を祀っています。
熊野那智大社は2004年(平成16年)に世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(紀伊山地の霊場と参詣道)のひとつに登録されました。
*参考・・・熊野那智大社(アクセス・歴史・・・)ホームページ熊野那智大社(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【熊野那智大社 見どころ・文化財】
熊野那智大社の見どころは江戸時代末期に造営され、重要文化財になっている第一殿・第二殿・第三殿・第四殿・第五殿・第六殿です。第一殿は1851年(嘉永3年)~1854年(嘉永6年)、それ以外は1851年(嘉永3年)に造営されたと言われています。ちなみに第一殿は桁行三間・梁間正面一間・背面二間で、切妻造の檜皮葺です。

重要文化財・・・社殿(第一殿・第二殿・第三殿・第四殿・第五殿・第六殿)、御県彦社、金銀装宝剣拵 後藤琢乗作、熊野那智大社文書、古銅印など

【熊野那智大社 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0735-55-0321

【熊野那智大社 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2018年(平成30年)4月

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