青岸渡寺(アクセス・歴史・・・)・世界遺産

青岸渡寺

青岸渡寺(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。青岸渡寺は988年(永延2年)に花山法皇(第65代・花山天皇)が御幸して、那智滝(なちのたき)で一千日(3年間)の滝篭りをされたことから観音信仰の霊場である西国三十三ヶ所の第一番札所になったとも言われています。ちなみに花山法皇が各霊場で詠んだ和歌が御詠歌の起源とも言われています。

【青岸渡寺 アクセスマップ】
場所・・・和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8番地

【青岸渡寺 アクセス・交通】
*JR紀勢本線・紀伊勝浦駅から熊野交通バスの場合、那智山バス停

【青岸渡寺 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【青岸渡寺 時間(要確認)】
青岸渡寺
5:00~16:00

三重塔
8:30~16:00

【青岸渡寺 料金(要確認)】
三重塔
300円

【青岸渡寺 歴史・簡単概要】
青岸渡寺(せいがんとじ)は熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)とともに起源が明確ではありません。青岸渡寺はかつて神仏習合思想に基づく、熊野那智大社の供僧寺(神宮寺)でした。青岸渡寺は伝承によると第16代・仁徳天皇の時代(313年~399年)、4世紀に天竺(インド)から渡来した裸形上人(らぎょうしょうにん)が創建したとも言われています。裸形上人は那智滝の滝壺で見付けた金製・如意輪観音を本尊として安置したと言われています。その後飛鳥時代に第33代・推古天皇の勅願寺になり、6世紀末期から7世紀初頭に大和・生仏聖上人(しょうぶつひじりしょうにん)が伽藍を建立し、丈六の本尊を安置し、その胎内に裸形上人感得の如意輪観音を納めたと言われています。1590年(天正18年)に関白・豊臣秀吉が本堂を再建し、1972年(昭和47年)には1581年(天正9年)に焼失した三重塔が再建されました。ちなみに青岸渡寺の名称は秀吉が大政所の菩提を弔う為に高野山に創建した青巌寺に由来しています。なお青岸渡寺は明治維新後の神仏分離によって廃寺になったが、1874年(明治7年)に復興されて比叡山延暦寺の末寺になりました。
熊野那智大社は社伝によると初代・神武天皇となる神日本磐余彦命(かむやまといわれひこのみこと)の東征が起源と言われています。紀元前662年に神日本磐余彦命の一行が丹敷浦(にしきうら・那智の浜)に上陸し、光り輝く山を目指して行くと那智御瀧(那智の滝)があり、那智御瀧を大己貴命(おおなむちのみこと・大国主(おおくにぬし))の現れたるご神体として祀りました。その後熊野の神々が光ヶ峯に降臨されて滝本に祀られていたが、317年(仁徳天皇5年)に那智山中腹に社殿を造営し、熊野の神々・御瀧の神が移されました。
青岸渡寺は2004年(平成16年)に世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(紀伊山地の霊場と参詣道)のひとつに登録されました。
*参考・・・青岸渡寺(アクセス・歴史・・・)青岸渡寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【青岸渡寺 見どころ・文化財】
青岸渡寺の見どころは重要文化財で、1590年(天正18年)に関白・豊臣秀吉が再建した本堂です。本堂は桁行九間・梁間五間で、入母屋造のこけら葺です。また1972年(昭和47年)に再建された高さ約25メートルの三重塔も見どころです。

重要文化財・・・本堂、宝篋印塔、経塚出土品

【青岸渡寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0735-55-0001

【青岸渡寺 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2017年(平成29年)4月

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