高幡不動尊金剛寺(アクセス・概要・見どころ・・・)

高幡不動尊金剛寺

高幡不動尊金剛寺

高幡不動尊金剛寺(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。高幡不動尊金剛寺の不動明王像は1335年(建武2年)8月4日の大風によって大破し、胸・腹を中心に修理されて全身の漆も塗り替えられ、光を浴びるとあたかも汗をかいたように見え、戦勝祈願の武将に全身に汗をかいて願いを聞いて下さると広まり、「汗かき不動」と言われるようになりました。

【高幡不動尊金剛寺 アクセスマップ】
場所・・・東京都日野市高幡733

【高幡不動尊金剛寺 アクセス・交通】
*京王線・高幡不動駅(徒歩約3分)
*多摩都市モノレール・高幡不動駅(徒歩約5分)

【高幡不動尊金剛寺 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【高幡不動尊金剛寺 時間(要確認)】
9:00~16:00

【高幡不動尊金剛寺 料金(要確認)】
奥殿
大人300円

大日堂
大人200円

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【高幡不動尊金剛寺 歴史・簡単概要】
高幡不動尊(たかはたふどうそん)・金剛寺(こんごうじ)は起源が明確ではありません。高幡不動尊は古文書によると大宝年間(701年~704年)以前に創建されていたとも、奈良時代に僧・行基菩薩(ぎょうきぼさつ)が創建したとも言われています。また高幡不動尊は平安時代初期に比叡山第3世天台座主である慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)が第52代・清和天皇の勅願により、東関鎮護の霊場と定め、高幡山山中に不動堂を建立して不動明王を安置したのが起源とも言われています。1335年(建武2年)8月4日の大風によって山中の堂宇が倒壊し、1342年(康永元年)に住僧・儀海上人が7年掛けて現在の不動堂(重要文化財)を麓に再建し、その後室町時代後期に仁王門(重要文化財)も建立されました。ちなみに平安時代後期に造仏された不動明王像(重要文化財)も不動堂とともに大風によって大破し、1342年(康永元年)に胸・腹を中心に修理され、現在は奥殿に安置され、不動堂には極彩色の等身大の身代わり本尊が新造・安置されています。室町時代に大破されて修理された不動明王像が「汗かき不動」とも言われ、関東十ケ国を統治する鎌倉公方(かまくらくぼう)や戦国武将に崇敬されました。江戸時代に高尾山薬王院・宝生寺・三宝寺・三学院・錫杖寺・法恩寺・明星院・龍花院・長久寺・一乗院とともに僧侶の養成機関である真言宗関東十一檀林(だんりん)に数えられ、火防の不動尊としても広く信仰されました。高幡不動尊は門末36ケ寺を従えて関東屈指の大寺院だったが、1779年(安永8年)の業火(ごうか)によって大日堂・大師堂・僧坊などの伽藍を焼失しました。その後昭和50年代以降に五重塔・大日堂・宝輪閣・奥殿・大師堂・聖天堂などが建立されました。なお高幡不動尊は千葉・成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)などとともに関東三大不動に数えられています。また新選組副長・土方歳三の菩提寺にもなっています。
*参考・・・高幡不動尊金剛寺(アクセス・歴史・・・)ホームページ高幡不動尊金剛寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【高幡不動尊金剛寺 見どころ・文化財】
高幡不動尊金剛寺の見どころは不動堂・仁王門です。なお1980年(昭和55年)に5年の歳月を掛けて建立され、平安時代初期の様式を模した総高約45メートルの五重塔も見どころです。
●高幡不動尊金剛寺見どころ・不動堂は1342年(康永元年)に住僧・儀海上人が再建しました。不動堂は桁行五間・梁間五間で、入母屋造の茅葺形銅板葺です。
●高幡不動尊金剛寺見どころ・仁王門は室町時代後期に建立されました。仁王門は三間一戸楼門で、入母屋造の茅葺形銅板葺です。

重要文化財・・・木造不動明王・二童子像、不動堂、仁王門、鰐口 文永十年銘、高幡不動本尊像内文書 69通、弘法大師二十五箇条遺告(ゆいごう)

【高幡不動尊金剛寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・042-591-0032

【高幡不動尊金剛寺 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2018年(平成30年)4月

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