奥山公園(桜見ごろ3月下旬頃~)静岡桜名所

奥山公園

奥山公園

奥山公園(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。奥山公園は静岡の桜名所です。奥山公園の桜見ごろは例年3月下旬頃~4月上旬頃です。奥山公園にはソメイヨシノ(染井吉野)・ヤマザクラ(山桜)・カワヅザクラ(河津桜)など約1,000本の桜の木が植えられ、奥山半僧坊さくらまつりが行われています。(要確認)約3,000株のアジサイも植えられています。

【奥山公園 アクセスマップ】
場所・・・静岡県浜松市北区引佐町奥山

【奥山公園 アクセス・交通】
*天竜浜名湖鉄道金指駅からバスの場合、奥山バス停(徒歩約3分)

*新東名高速道路浜松浜北IC(車約20分)

【奥山公園 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【奥山公園 時間(要確認)】
自由
奥山方広寺・9:00~16:00

【奥山公園 料金(要確認)】
無料
奥山方広寺・大人500円、中学生以下200円

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【奥山公園 歴史・簡単概要】
奥山公園(おくやまこうえん)は静岡県浜松市北区引佐町奥山にあります。奥山公園は方広寺(ほうこうじ)・奥山半僧坊(おくやまはんそうぼう)の入り口にあります。ちなみに方広寺は南北朝時代の1371年(建徳2年・応安4年)に南朝初代で、第96代・後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の第11皇子・満良親王(みつよししんのう)として生まれた無文元選禅師(むもんげんせんぜんじ)が深く帰依したこの地の豪族・奥山六郎次郎朝藤(おくやまろくろうじろうともふじ)に招かれ、60町歩の土地と建物を寄進されて創建されました。無文元選禅師はこの地がかつて訪れた中国の天台山方広寺の風景に似ていることから方広寺(深奥山方広万寿禅寺)と名付け、方広寺では無文元選禅師を開山、奥山六郎次郎朝藤を開基と称しています。その後度々火災に見舞われて多くの伽藍や記録を焼失しました。1568年(永禄11年)に徳川家康(とくがわいえやす)が復興し、1587年(天正15年)に関白・豊臣秀吉(とよとみひでよし)から朱印地などを寄進され、勅願所にもなり、1786年(天明6年)に第119代・光格天皇(こうかくてんのう)から開山・無文元選禅師に号・大慈普応禅師(だいじふおうぜんじ)が下賜されました。1881年(明治14年)にも火災に見舞われ、その後本堂などが再建されました。奥山公園には池があり、池には全長約75メートルの夢の浮き橋(浮き桟橋)が架けられています。
浜松市(はままつし)は静岡県西部に位置しています。浜松市は政令指定都市で、面積が岐阜県高山市(たかやまし)に次いで全国で2番目に大きい都市です。浜松市は中区・東区・西区・南区・北区・浜北区・天竜区の7区から構成され、静岡県の磐田市・湖西市・島田市・森町・根本町、愛知県の豊橋市・新城市・東栄町・豊根村、長野県の飯田市・天龍村に接しています。浜松市は北部に静岡県・長野県・山梨県にまたがる赤石山脈(あかいしさんみゃく・南アルプス)の山々があり、東部を諏訪湖(すわこ)を源とする一級河川・天竜川(てんりゅうがわ)が流れ、西部に汽水湖である浜名湖(はまなこ)があり、南部を広大な砂丘が広がる太平洋の遠州灘(えんしゅうなだ)に面しています。浜松市は室町時代に浜松城(曳馬城(ひくまじょう))が築城されるとその城下町となり、1570年(元亀元年)から1586年(天正14年)まで江戸幕府初代将軍・徳川家康(とくがわいえやす)が浜松城を居城としました。ちなみに浜松城は松平乗寿(まつだいらのりなが)など歴代城主となった譜代大名の多くが江戸幕府の重役に出世したことから出世城とも言われています。浜松市は江戸時代に東海道の宿場町として栄え、東海道の一里塚が置かれました。
*参考・・・奥山公園(アクセス・歴史・・・)

【奥山公園 見どころ・文化財】
奥山公園の見どころは奥山公園の桜です。奥山公園の桜見ごろは例年3月下旬頃~4月上旬頃です。
桜(染井吉野)は2月1日以降の毎日の最高気温の積算が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。(誤差あり)なお地域によって若干差があるが、開花して5日から1週間ほどで満開になるとも言われています。

【奥山公園 連絡先(要確認)】
電話番号・・・053-543-0003(奥山方広寺)

【奥山公園 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
静岡桜名所・静岡桜見ごろ

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