瀧安寺(紅葉見ごろ・アクセス・・・)・大阪紅葉名所

瀧安寺

瀧安寺(アクセス・見どころ・・・)情報を紹介しています。瀧安寺は大阪の紅葉名所です。瀧安寺の紅葉見ごろは例年11月中旬頃~12月上旬頃です。瀧安寺付近には箕面公園修業の古場(しげのこば)があり、瀧安寺とともに紅葉名所とされています。修業の古場ではかつて修験道の行者である修験者(しゅげんじゃ・山伏)が修行したとも言われているそうです。

【瀧安寺 アクセスマップ】
場所・・・大阪府箕面市箕面公園2-23

【瀧安寺 アクセス・交通】
*阪急箕面線箕面駅(徒歩約15分)

【瀧安寺 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【瀧安寺 時間(要確認)】
9:00~16:00

【瀧安寺 料金(要確認)】


【瀧安寺 歴史・簡単概要】
瀧安寺(りゅうあんじ)は大阪府箕面市箕面公園にあります。瀧安寺が建立されている標高約355メートルの箕面山(みのおやま)は古来から落差約33メートル・滝幅約5メートルの箕面滝(みのおたき・箕面大瀧)を中心にした修行道場で、日本国内で最も古い修行場のひとつとも言われています。瀧安寺は寺伝によると飛鳥時代の658年(第37代・斉明天皇4年)に修験道の祖である役行者(えんのぎょうじゃ)・役小角(えんのおづの)が箕面滝で修業し、仏教の守護神である天部の一尊・弁財天(べんざいてん)の導きによって真理を悟り、宗教家として大成した報恩感謝として自ら弁財天を刻み、滝の側に祀って箕面寺と称したのが始まりとも言われています。ちなみに瀧安寺は江の島・琵琶湖竹生島(ちくぶしま)・宮島(厳島)とともに日本四弁財天に数えられています。鎌倉時代後期に第96代・後醍醐天皇が隠岐に流罪になると皇子・護良親王(もりよししんのう)が帰還祈祷を依頼し、その後寺号・瀧安寺を賜ったとも言われています。戦国時代の1575年(天正3年)に富会を行い、宝くじの起源である富くじ発祥の地ともされています。戦国時代に織田信長(おだのぶなが)によって焼失し、1656年(明暦2年)に第108代・後水尾天皇の勅命によって弁財天本堂が建立され、1809年(文化6年)に第119代・光格天皇が山門を京都御所から移築しました。瀧安寺にがイロハモミジなどが分布しています。
箕面市(みのおし)は大阪府北西部(北摂豊能地域)に位置しています。箕面市は大阪府の池田市・豊中市・吹田市・茨木市・豊能町、兵庫県の川西市に接しています。箕面市は北部から中部に標高400~500メートルの北摂山系(ほくせつさんけい・箕面山地)があり、南部に千里丘陵(せんりきゅうりょう)との間の扇状地が広がり、中心市街地が扇状地にあります。箕面市は古くから標高約355メートルの箕面山(みのおやま)・落差約33メートル・滝幅約5メートルの箕面大瀧(箕面滝(みのおたき))が修験道の道場され、飛鳥時代の658年(第37代・斉明天皇4年)に修験道の祖である役行者(えんのぎょうじゃ)・役小角(えんのおづの)が西江寺(さいこうじ)を開山したとも言われています。また箕面市には奈良時代末期の727年(神亀4年)に藤原致房(ふじわらのむねふさ)の子で、双子兄弟ある兄の善仲(ぜんちゅう)・弟の善算(ぜんさん)が草庵を構えて修行したのが始まりとも言われる西国三十三所第23番札所の勝尾寺(かつおうじ)も建立されています。箕面市は江戸時代に瀬川が西国街道の宿場として発達しました。箕面市は1910年(明治43年)に箕面有馬電鉄(阪急箕面線)が開通すると大阪郊外の住宅地や行楽地・観光地に発展しました。
*参考・・・瀧安寺(アクセス・歴史・・・)瀧安寺(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【瀧安寺 見どころ・文化財】
瀧安寺の見どころは瀧安寺の紅葉です。瀧安寺の紅葉は例年11月上旬頃~11月中旬頃から色付き始め、紅葉見ごろは例年11月中旬頃~12月上旬頃です。紅葉の見ごろにイロハモミジなどが色付きます。
紅葉は最低気温が8度以下の日が続くと見ごろが近くなり、最低気温が5度~6度になると一気に進むと言われています。紅葉は晴天が続き、湿度が低くて乾燥し、昼夜の寒暖の差が激しいと美しい紅葉が見られる言われています。また夏に気温が高く、雨量が多かった時には秋に美しい紅葉が期待できるそうです。なお紅葉は緑色の色素・クロロフィルが分解され、赤色の色素・アントシアンが生成されることで起こります。黄葉は緑色の色素・クロロフィルが分解され、黄色の色素・カロチノイドだけが残ることで起こります。

【瀧安寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・072-721-3003(瀧安寺)

【瀧安寺 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2017年(平成29年)4月
大阪紅葉名所・大阪紅葉見ごろ

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