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カテゴリー:静岡
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東口本宮冨士浅間神社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
東口本宮冨士浅間神社の境外末社・迎久須志之神社(むかえくすしのじんじゃ)は富士山9合目に祀られています。富士山8合目以上は富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)が奥宮の境内地としているが、古くからの習わしなどから飛び地境内となっているそうです。 -

三保の松原(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
三保の松原は羽衣伝説の舞台になっています。天女が羽衣を松の枝に掛けて水浴びしていると漁師・白龍(はくりょう)が羽衣を取り上げ、返す代わりに天人の舞を披露してもらったというものです。また初代・羽衣の松は1707年(宝永4年)の宝永大噴火の際に海に沈んだとも言われています。 -

白糸の滝(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
白糸の滝では1193年(建久4年)5月に鎌倉幕府初代将軍・源頼朝が多くの御家人を集めて富士の裾野付近で行った富士の巻狩り(ふじのまきがり)の際に立ち寄り、和歌「この上に いかなる姫や おはすらん おだまき流す 白糸の滝」を詠みました。富士の巻狩りには権威を誇示や軍事演習などの目的があったとされています。 -

富士山(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
富士山は8合目以上が富士山本宮浅間大社の奥宮の境内地とされています。富士山本宮浅間大社は第7代・孝霊天皇の時代(紀元前290年~紀元前215年)に富士山が大噴火して住民が離散して荒れ果て、紀元前27年(垂仁天皇3年)に第11代・垂仁天皇が憂って浅間大神を山足の地に祀って山霊を鎮めたのが起源とも言われています。 -

村山浅間神社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
村山浅間神社はかつて鎌倉時代に建立された興法寺と神仏習合でした。興法寺大日堂は江戸時代末期に建立されたとも言われ、堂内には1259年(正嘉3年)の銘がある大日如来坐像や修験道の開祖で、流刑先の伊豆大島から毎晩海上を歩いて富士山に登っていったとも言われる役行者像を安置しています。 -

須山浅間神社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
須山浅間神社は古くから富士山への須山口登山道の起点で、1800年(寛政12年)の富士山の御縁年には5,398人の登山者が集まったそうです。その後1883年(明治16年)に御殿場口登山道が開設され、1889年(明治22年)に東海道線が開通すると須山浅間神社を訪れる登山者は次第に減少したそうです。 -

富士山本宮浅間大社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
富士山本宮浅間大社は富士山の8合目以上を奥宮の境内地(約120万坪)とし、表口(富士宮口)から上りつめた富士山頂上に奥宮が祀られています。奥宮では7・8月の開山期に神職が奉仕し、国家安泰や氏子・崇敬者・登拝者の安全を祈念したり、お札・お守り・御朱印などを授与したりしているそうです。




















