梅の木轟公園・五家荘(紅葉見ごろ10月下旬頃~)熊本紅葉名所

梅の木轟公園・五家荘

梅の木轟公園・五家荘(アクセス・見どころ・・・)情報を紹介しています。梅の木轟公園は熊本の紅葉名所です。梅の木轟公園の紅葉見ごろは例年10月下旬頃~11月中旬頃です。梅の木轟公園には橋長約116メートル・高さ約55メートルの梅の木轟公園吊り橋が架けられ、吊り橋には支柱など視界を遮る物がないことから紅葉と深いV字谷の峡谷美を十分に楽しむことができます。

【梅の木轟公園・五家荘 アクセスマップ】
場所・・・熊本県八代市泉町葉木

【梅の木轟公園・五家荘 アクセス・交通】
*JR有佐駅(車約100分)

*九州自動車道松橋IC(車約75分)

【梅の木轟公園・五家荘 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【梅の木轟公園・五家荘 時間(要確認)】
自由

【梅の木轟公園・五家荘 料金(要確認)】
無料

広告

【梅の木轟公園・五家荘 歴史・簡単概要】
梅の木轟公園(うめのきとどろこうえん)は熊本県八代市泉町葉木にあります。梅の木轟公園は秘境とも言われる五家荘(ごかのしょう)の葉木(はぎ)にある落差約38メートルの滝・梅の木轟を中心として整備された公園です。五家荘では滝のことを轟(とどろ)とも言い、五家荘には日本の滝百選に選ばれている落差約80メートルのせんだん轟の滝(せんだんとどろのたき・栴檀轟の滝)もあります。梅の木轟は固いチャートなどでできた福根谷(ふくねだに)を流れ落ち、どこか気品があって女性的とも言われ、対照的にせんだん轟の滝は迫力があって男性的とも言われています。梅の木轟はかつて険しい地形だったことから存在は知られていたが、人目に触れることが少なく、幻の滝とも言われていました。しかし1986年(昭和61年)に遊歩道が完成し、1989年(平成元年)10月に深い谷内川の渓谷に白いリボンを張り渡したような梅の木轟公園吊り橋が完成すると観光客が訪れる景勝地に変貌しました。ちなみに梅の木轟公園吊り橋は橋長約116メートル・高さ約55メートルで、建設当時に上下の補助ロープや支柱を使わないプレキャストコンクリート吊床版橋(床版厚さ約20センチ)として日本最長の吊り橋でした。梅の木轟公園にはモミジ・カエデ・ブナ・ドウダンツツジなどが分布しています。
五家荘(ごかのしょう)は八代市東部で、日本三大急流に数えられる一級河川・球磨川(くまがわ)の最大支流である一級河川・川辺川(かわべがわ)の水源地付近に散在する久連子(くれこ)・椎原(しいばる)・仁田尾(にたお)・葉木(はぎ)・樅木(もみき)の5地域の総称です。ちなみに川辺川は熊本県と宮崎県の境に位置する標高約1,739メートルの国見岳(くにみだけ)を源とする五木川が源で、五木小川と合流して川辺川になり、人吉盆地で球磨川に合流します。五家荘は周囲に標高1,300~1,700メートルの九州山地の山々があり、南接する五木村(いつきむら)とともに秘境と言われていました。五家荘は平安時代中期に昌泰の変(しょうたいのへん)で大宰府に左遷された菅原道真(すがわらのみちざね)の子孫が左座氏(ぞうざし)と称して仁田尾・樅木を治め、平安時代末期の源平の合戦で敗れた平清盛の孫である平清経(たいらのきよつね)の子孫が緒方氏(おがたし)と称して久連子・椎原・葉木を治めたとの伝承が残されています。また五家荘には轆轤(ろくろ)を使って椀・盆などの木工品を製造する木地師(きじし)が集団移住したとの伝承も残されているそうです。五家荘には古い習俗や生活様式が今も残され、木庭 (こば) と称する焼畑農耕が小規模ながら行われているそうです。ちなみに壇ノ浦の戦いで敗れた平家の落人が京都を偲んで舞ったとも言われ、久連子に継承されてきた久連子古代踊りは国選択無形重要文化財に指定されています。
*参考・・・梅の木轟公園・五家荘(アクセス・歴史・・・)

【梅の木轟公園・五家荘 見どころ・文化財】
梅の木轟公園の見どころは梅の木轟公園の紅葉です。梅の木轟公園の紅葉は例年10月下旬頃から色付き始め、紅葉見ごろは例年10月下旬頃~11月中旬頃です。紅葉の見ごろにモミジ・カエデ・ブナ・ドウダンツツジなどが色付きます。
紅葉は最低気温が8度以下の日が続くと見ごろが近くなり、最低気温が5度~6度になると一気に進むと言われています。紅葉は晴天が続き、湿度が低くて乾燥し、昼夜の寒暖の差が激しいと美しい紅葉が見られる言われています。

【梅の木轟公園・五家荘 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0965-36-5800(五家荘観光案内所)

【梅の木轟公園・五家荘 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
熊本紅葉名所・熊本紅葉見ごろ

関連記事

広告

広告

ページ上部へ戻る