大興善寺(紅葉見ごろ11月中旬頃~)佐賀紅葉名所

大興善寺

大興善寺

大興善寺(アクセス・見どころ・・・)情報を紹介しています。大興善寺は佐賀の紅葉名所です。大興善寺の紅葉見ごろは例年11月中旬頃~12月上旬頃です。大興善寺では紅葉が見ごろを迎える時期にライトアップ・もみじコンサートが行われています。なお大興善寺では本堂の裏山に庭園が整備され、ツツジが約5万本植えられてツツジ寺とも言われています。

【大興善寺 アクセスマップ】
場所・・・佐賀県三養基郡基山町大字園部3628

【大興善寺 アクセス・交通】
*JR基山駅・甘木鉄道基山駅(車約10分)
*JR九州新幹線新鳥栖駅(車約20分)

*九州自動車道筑紫野IC(車約15分)

【大興善寺 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【大興善寺 時間(要確認)】
8:30~日没

【大興善寺 料金(要確認)】
大人500円、中学生・小学生300円

広告

【大興善寺 歴史・簡単概要】
大興善寺(だいこうぜんじ)は佐賀県三養基郡基山町にあります。大興善寺は寺伝によると奈良時代の717年(養老元年)に高僧・行基菩薩(ぎょうきぼさつ)が第45代・聖武天皇の勅願によって草庵を結び、自ら刻んだ十一面観世音菩薩を安置したのが起源とも言われています。ちなみに本尊・十一面観世音菩薩は秘仏とされ、12年に1度の午(うま)年にのみ開扉されています。平安時代初期に阿弥陀仏(無量寿仏)に由来する無量寿院(むりょうじゅいん)とも称していたが、835年(承和2年)に焼失し、847年(承和14年)に比叡山第3世天台座主である慈覚大師(じかくだいし)・円仁(えんにん)が再興しました。慈覚大師・円仁は中国唐の大興善寺で修業したことから寺号が大興善寺に改められ、比叡山延暦寺(えんりゃくじ)の末寺になったとも言われています。室町時代後期の享禄年間(1528年~1531年)の兵火によって堂塔が焼失し、1542年(天文11年)に筑紫惟門(つくしこれかど)が本堂を再建しました。江戸時代に対馬藩(つしまはん・対馬府中藩(つしまふちゅうはん))になると領主・宗氏(そううじ)が堂宇を整備し、寺領を寄進しました。大興善寺には500本のモミジ・イチョウやモミジなどが植えられています。なお大興善寺は九州三十三観音霊場の第4番札所・九州四十九院薬師霊場の第49番札所です。
基山町(きやまちょう)は佐賀県東部に位置しています。基山町の名称は「肥前国風土記(ひぜんのくにふどき)・奈良時代初期編纂」に「基肄之山(きのやま)」と記される標高約405メートルの基山(きざん)に由来しています。基山町は上峰町(かみみねちょう)・みやき町(みやきちょう)とともに三養基郡(みやきぐん)を構成し、佐賀県の鳥栖市、福岡県の筑紫野市・小郡市に接しています。基山町は福岡県に接することから福岡都市圏の一部で、福岡市・久留米市のベッドタウンになっています。基山町は佐賀県と福岡県の県境にまたがる脊振山地(せふりさんち)東麓に位置し、北部・西部に脊振山地東端の山地があり、南部・東部に平野が広がり、日本三大暴れ川に数えられる筑後川(ちくごがわ)に注ぐ秋光川(あきみつがわ)などが流れています。基山町は古くから軍事・交通の要衝とされ、7世紀に基山山頂に大宰府の防備として特別史跡に指定されている朝鮮式山城の基肄城(きいじょう)が築城され、古代駅である基肄駅(きいのうまや)も置かれました。基山町は江戸時代に対馬藩(つしまはん)領になり、長崎街道が通じて家庭薬の製造・行商が盛んに行われました。ちなみに基山町は現在鹿児島本線と甘木鉄道の分岐点になっています。
*参考・・・大興善寺(アクセス・歴史・・・)

【大興善寺 見どころ・文化財】
大興善寺の見どころは大興善寺の紅葉です。大興善寺の紅葉は例年11月上旬頃から色付き始め、紅葉見ごろは例年11月中旬頃~12月上旬頃です。紅葉の見ごろにモミジ・イチョウなどが色付きます。紅葉のビュースポットは日本庭園です。
紅葉は最低気温が8度以下の日が続くと見ごろが近くなり、最低気温が5度~6度になると一気に進むと言われています。紅葉は晴天が続き、湿度が低くて乾燥し、昼夜の寒暖の差が激しいと美しい紅葉が見られる言われています。

【大興善寺 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0942-92-2627(大興善寺)

【大興善寺 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
佐賀紅葉名所・佐賀紅葉見ごろ

関連記事

広告

広告

ページ上部へ戻る