県立平和台公園(紅葉見ごろ11月中旬頃)宮崎紅葉名所

県立平和台公園

県立平和台公園

県立平和台公園(アクセス・見どころ・・・)情報を紹介しています。県立平和台公園は宮崎の紅葉名所です。県立平和台公園の紅葉見ごろは例年11月中旬頃です。県立平和台公園には園内を周遊する自然散策路(遊歩道)が整備され、紅葉と散策を楽しむことができます。自然散策路には展望デッキが3ヶ所設けられ、眺望も楽しむことができます。

【県立平和台公園 アクセスマップ】
場所・・・宮崎県宮崎市下北方町越ヶ迫6146

【県立平和台公園 アクセス・交通】
*JR宮崎駅からバス・平和台公園行きの場合、平和台公園レストハウス前バス停(徒歩すぐ)

*東九州道宮崎西IC(車約20分)

【県立平和台公園 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【県立平和台公園 時間(要確認)】
自由

【県立平和台公園 料金(要確認)】
無料

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【県立平和台公園 歴史・簡単概要】
県立平和台公園(へいわだいこうえん)は宮崎県宮崎市下北方町越ヶ迫にあります。県立平和台公園は標高約60メートルの自然林に囲まれた丘陵地に整備された県立の公園です。県立平和台公園は宮崎県奉祝会が中心に紀元2600年記念事業として八紘之基柱(あめつちのもとはしら)の建設と周辺広場の造成を実施し、1940年(昭和15年)11月25日に完成しました。1942年(昭和17年)10月に大日本帝国逓信省が国威発揚の為に八紘之基柱が富士山とともに4銭普通切手のデザインとして採用されました。太平洋戦争後にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって八紘一宇(はっこういちう)の文字と武人の象徴である荒御魂像(あらみたま)が取り除かれ、名称が平和の塔に改められました。1957年(昭和32年)4月9日に都市公園に指定されて整備が進められ、平和の塔の復元も決定され、1962年(昭和37年)10月5日に荒御魂像・1965年(昭和40年)1月30日に八紘一宇の文字が復元されました。1964年(昭和39年)の東京オリンピックでは平和の塔が聖火リレーの第2スタート地点になりました。県立平和台公園には高さ36.4メートルの平和の塔・はにわ園・運動広場・運動広場・せせらぎ水路・自然散策路・アスレチック施設などがあります。県立平和台公園からは宮崎市を一望できます。なお県立平和台公園は宮崎県総合文化公園とともにパークマネージメント宮崎が管理しています。
宮崎市(みやざきし)は宮崎県南東部に位置しています。宮崎市は宮崎県の県庁所在地です。宮崎市は日南市・西都市・小林市・都城市・新富町・国富町・綾町・三股町に接しています。宮崎市は宮崎県中央部の海岸沿いに広がる宮崎平野南端に位置し、市域の中央を都城盆地外延部にある標高約472メートルの金御岳(かねみだけ)を源とする大淀川水系の本流で一級河川・大淀川(おおよどがわ)が流れ、北西太平洋(フィリピン海)の日向灘(ひゅうがなだ)に面しています。ちなみに日向灘に面する青島海岸や日向灘に浮かぶ周囲約860メートル・高さ約6メートルで、鬼の洗濯板とも言われる青島(あおしま)は観光地として広く知られています。宮崎市は日照時間が長く、平均気温が高いことから冬から春にプロ野球やプロサッカーのキャンプ地となっています。宮崎市は平安時代以降に八条院領 (国富荘園) になり、室町時代に日向地頭・伊東氏が支配しました。戦国時代の1551年(天文20年)に太田七郎左衛門忠延が大淀川河口右岸の城ヶ崎に町を開き、赤江港を控えた城ヶ崎が上方との交易が行われ、俳句などの町人文化が発達しました。宮崎市は江戸時代は大淀川を挟んで北が延岡藩・南が飫肥藩(おびはん)になり、1873年(明治6年)に県庁が設置されて市街地が発達しました。
*参考・・・県立平和台公園(アクセス・歴史・・・)

【県立平和台公園 見どころ・文化財】
県立平和台公園の見どころは県立平和台公園の紅葉です。県立平和台公園の紅葉は例年10月上旬頃から色付き始め、紅葉見ごろは例年11月中旬頃です。紅葉の見ごろに落羽松(ラクウショウ)などが色付きます。
紅葉は最低気温が8度以下の日が続くと見ごろが近くなり、最低気温が5度~6度になると一気に進むと言われています。紅葉は晴天が続き、湿度が低くて乾燥し、昼夜の寒暖の差が激しいと美しい紅葉が見られる言われています。

【県立平和台公園 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0985-35-3181(平和台公園管理事務所)

【県立平和台公園 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
宮崎紅葉名所・宮崎紅葉見ごろ

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