紺屋川美観地区(桜見ごろ3月下旬頃~)岡山桜名所
紺屋川美観地区
紺屋川美観地区(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。紺屋川美観地区は岡山の桜名所です。紺屋川美観地区の桜見ごろは例年3月下旬頃~4月上旬頃です。紺屋川美観地区にはソメイヨシノ(染井吉野)・ヤエザクラ(八重桜)など約25本の桜の木が植えられています。紺屋川美観地区では備中たかはし町家通りの雛まつりが行われています。(要確認)
【紺屋川美観地区 アクセスマップ】
場所・・・岡山県高梁市鍜冶町
【紺屋川美観地区 アクセス・交通】
*JR備中高梁駅(徒歩約15分)
*岡山自動車道賀陽IC(車約20分)
【紺屋川美観地区 アクセス・駐車場】
駐車場あり
【紺屋川美観地区 時間(要確認)】
自由
【紺屋川美観地区 料金(要確認)】
無料
【紺屋川美観地区 歴史・簡単概要】
紺屋川美観地区(こうやがわびかんちく)は岡山県高梁市鍜冶町にあります。紺屋川は吉井川(よしいがわ)・旭川(あさひがわ)とともに岡山三大河川に数えられる一級河川・高梁川(たかはしがわ)の支流で、かつて備中松山城(びっちゅうまつやまじょう)の外堀の役割を果たしていました。備中松山城は大松山(おおまつやま)・小松山(こまつやま)・天神丸山(てんじんのまるやま)・前山(まえやま)の4つの峰から構成される標高約487メートルの臥牛山(がぎゅうざん)の小松山に本丸・二の丸・三の丸が階段状に築城され、天守・二重櫓・三の平櫓東土塀が重要文化財に指定されています。備中松山城は鎌倉時代前期の1240年(仁治元年)に秋庭三郎重信(あきばさぶろうしげのぶ)が地頭となり、大松山に築城を開始したのが起源で、奈良県高取町の高取城(たかとりじょう)・岐阜県恵那市の岩村城(いわむらじょう)とともに日本三大山城に数えられています。紺屋川美観地区では紺屋川河畔に桜と柳の並木道が続き、周辺に新島襄(にいじまじょう)の布教で知られる岡山県下最古の教会である高梁基督教会堂(高梁キリスト教会堂)・藩校有終館(ゆうしゅうかん)跡など情緒豊かな町並みが広がっています。本町樽井線と下町薬師院線を結ぶ延長約600メートルの市道は「日本の道100選」に選ばれています。
高梁市(たかはしし)は岡山県中西部に位置しています。高梁市は岡山県の総社市・井原市・新見市・真庭市・吉備中央町、広島県の庄原市・神石高原町に接しています。高梁市は岡山県・広島県・兵庫県などに広がる吉備高原(きびこうげん)に位置し、標高約1,188メートルの花見山(はなみやま)東麓を源とし、吉井川(よしいがわ)・旭川(あさひがわ)とともに岡山三大河川に数えられる一級河川・高梁川(たかはしがわ)中流域にあり、高梁川やいずれも支流である成羽川(なりわがわ)・有漢川(うかんがわ)などが流れています。高梁市は市域の大部分が吉備高原にあり、市街地は高梁川左岸にあります。高梁市は年間を通して霧がよく発生し、丘陵部では昼夜の気温差が大きくなります。高梁市では鎌倉時代前期の1240年(仁治元年)に秋庭三郎重信(あきばさぶろうしげのぶ)が高梁川左岸にある標高約487メートルの臥牛山(がぎゅうざん)に備中松山城(びっちゅうまつやまじょう)の築城を開始すると備中の政治の中心になり、江戸時代に城下町として発展しました。また江戸時代に高梁川を高瀬舟を使った水運が盛んになり、物流の拠点にもなりました。高梁市では北部の吹屋がかつて鉱山町で、べんがらの製造も行われ、赤銅色の瓦で統一された町並みが伝統的建造物群保存地区に指定されています。なお高梁市は吉備国際大学を誘致し、学園文化都市としての側面も有しています。
*参考・・・紺屋川美観地区(アクセス・歴史・・・)
【紺屋川美観地区 見どころ・文化財】
紺屋川美観地区の見どころは紺屋川美観地区の桜です。紺屋川美観地区の桜見ごろは例年3月下旬頃~4月上旬頃です。桜のビュースポットは高梁基督教会堂です。
桜(染井吉野)は2月1日以降の毎日の最高気温の積算が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。(誤差あり)なお地域によって若干差があるが、開花して5日から1週間ほどで満開になるとも言われています。
【紺屋川美観地区 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0866-21-0461(高梁市観光協会)
【紺屋川美観地区 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
●岡山桜名所・岡山桜見ごろ
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