三宝院(アクセス・歴史・・・)・世界遺産

三宝院

三宝院(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。三宝院見どころ・表書院は1598年(慶長3年)の関白・豊臣秀吉による醍醐の花見の際に奈良から移された能の楽屋を更に移したものです。醍醐の花見では畿内から700本の桜を集めて植樹し、秀吉・秀頼・北政所・淀殿や徳川家康などの諸大名、そして女房・女中衆約1,300人が参加して行われました。

【三宝院 アクセスマップ】
場所・・・京都府京都市伏見区醍醐東大路町22

【三宝院 アクセス・交通】
*JR京都駅八条口から京阪バス・山科急行醍醐寺行きの場合、醍醐寺(徒歩すぐ)
*JR山科駅から京阪バス・22系統(1番乗り場)または22A系統(1番乗り場)の場合、醍醐寺前(徒歩すぐ)
*地下鉄東西線・醍醐駅(徒歩約10分)

【三宝院 アクセス・駐車場】
駐車場あり(醍醐寺)

【三宝院 時間(要確認)】
三宝院・霊宝館・下醍醐の伽藍
9:00~17:00 受付16:30終了(3/1~12/第1日曜日)
9:00~16:30 受付16:00終了(12/第1日曜日の翌日~2/末日)
年中無休

【三宝院 料金(要確認)】
三宝院・霊宝館・下醍醐の伽藍
個人
通常期・・・大 人800円、中学生・高校生600円
春期・秋期・・・大 人1,500円、中学生・高校生1,000円

団体(20名以上)
通常期・・・大 人700円、中学生・高校生500円
春期・秋期・・・大 人1,300円、中学生・高校生800円

【三宝院 歴史・簡単概要】
三宝院(さんぼういん)は1115年(永久3年)に左大臣・源俊房(みなもとのとしふさ)の子で、醍醐寺14代座主・勝覚(しょうか)が醍醐寺の伽藍を整備するととに灌頂院(かんじょういん)として創建しました。その後仏教の三宝に因んで、名称が三宝院に改められました。1143年(康治2年)に鳥羽上皇(第74代・鳥羽天皇)の御願寺になり、室町時代には室町幕府初代将軍・足利尊氏に厚く保護され、三宝院25世・満済(まんさい・まんぜい)は准三后(じゅさんごう)を授かって黒衣の宰相とも言われました。ちなみに室町時代に三宝院の院主が醍醐寺座主を兼ねる慣例が成立し、古くから醍醐寺が真言宗系の修験の中心であったことから修験者(山伏)の取締も行うようになりました。その後応仁の乱(1467年(応仁元年)~1477年(文明9年))の兵火などによって焼失して廃寺同然になったが、1598年(慶長3年)の関白・豊臣秀吉による醍醐の花見をきっかけに三宝院32世・義演(ぎえん)が醍醐寺金剛輪院を三宝院に改め、庭園も整備されました。江戸時代に徳川幕府から三宝院に属する修験道(山伏)を当山派と称することが許可され、1668年(寛文8年)には醍醐寺座主で、三宝院門跡・高賢(こうけん)が奈良・大峰山(おおみねさん)に入峰し、醍醐の教風が広まり、三宝院の地位が高まったと言われています。
三宝院は醍醐寺とともに1994年(平成6年)に世界遺産条約により、ユネスコ世界文化遺産(古都京都の文化財)のひとつに登録されました。
*参考・・・三宝院(アクセス・歴史・・・)ホームページ三宝院(アクセス・歴史・・・)wikipedia

【三宝院 見どころ・文化財】
三宝院の見どころはいずれも国宝である表書院・唐門です。
●三宝院見どころ・表書院は1598年(慶長3年)の関白・豊臣秀吉による醍醐の花見の際に奈良から移された能の楽屋を更に移したものです。表書院は平安時代の寝殿造りの様式が取り入れられています。
●三宝院見どころ・唐門は安土桃山時代に建立されたとも言われています。唐門は関白・豊臣秀吉の正妻・北政所が寄進したとも、豊臣政権の五奉行で、僧・前田玄以(まえだげんい)によって建立されたとも言われています。

国宝・・・表書院、唐門
重要文化財・・・三宝院殿堂、宝篋印塔、三宝院障壁画

【三宝院 連絡先(要確認)】
電話番号・・・075-571-0002(醍醐寺)

【三宝院 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2017年(平成29年)4月

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