上田城跡公園(桜見ごろ4月上旬頃~)長野桜名所

上田城跡公園

上田城跡公園

上田城跡公園(アクセス・概要・見どころ・・・)情報を紹介しています。上田城跡公園は長野の桜名所です。上田城跡公園の桜見ごろは例年4月上旬頃~4月中旬頃です。上田城跡公園にはソメイヨシノ(染井吉野)・シダレザクラ・ウコンザクラなど約1,000本の桜の木が植えられ、上田城千本桜まつりが行われたり、千本桜ライトアップが行われたりします。(要確認)

【上田城跡公園 アクセスマップ】
場所・・・長野県上田市二の丸

【上田城跡公園 アクセス・交通】
*JR上田駅(徒歩約12分)

*上信越自動車道上田菅平IC(車約15分)

【上田城跡公園 アクセス・駐車場】
駐車場あり

【上田城跡公園 時間(要確認)】
自由

【上田城跡公園 料金(要確認)】
無料

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【上田城跡公園 歴史・簡単概要】
上田城跡公園(うえだじょうせきこうえん)は長野県上田市二の丸にあります。上田城跡公園は真田氏の居城・上田城跡を中心に整備された公園です。上田城は1583年(天正11年)に真田幸村(さなだゆきむら・真田信繁(さなだのぶしげ))の父・真田昌幸(さなだまさゆき)が江戸幕府初代将軍・徳川家康の援助を受け、越後の上杉景勝(うえすぎかげかつ)に対する徳川方の最前線基地として築城しました。その後真田昌幸が北条氏直(ほうじょううじなお)と手を組もうとする徳川家康と断交し、次男・真田幸村を人質として上杉景勝に援助を求め、1585年(天正13年)8月の第一次上田合戦で徳川方を撃退し、同年9月に上田城が上杉氏の援助もあって完成しました。1590年(天正18年)に大規模な改修が行われ、1600年(慶長5年)の第二次上田合戦で、石田方(西軍)の真田昌幸・真田幸村が江戸幕府2代将軍・徳川秀忠率いる徳川方(東軍)を撃退したが、1601年(慶長6年)に真田昌幸・真田幸村が紀伊国(和歌山県)九度山に配流・幽閉になり、上田城は廃城になって破却され、徳川方(東軍)で、真田昌幸の長男・真田信之(さなだのぶゆき)が信濃上田藩初代藩主になって三の丸跡地に居館(陣屋)を構えました。1622年(元和8年)に真田信之が幕命によって松代に移封され、仙石忠政(せんごくただまさ)が上田城の再建を開始するが、1628年(寛永5年)に仙石忠政が亡くなると再建は中止されたと言われています。1871年(明治4年)に東京鎮台第二分営が設置され、1874年(明治7年)に土地・建物が払い下げられ、本丸にあった7つの櫓は西櫓を除いて解体・売却されました。1949年(昭和24年)に払い下げられた櫓(北櫓・南櫓)が移築・復元されました。上田城跡公園にはけやき並木遊歩道・上田城東虎口櫓門・やぐら下芝生広場・3on3バスケットコート・花木園・愛の鐘・児童遊園地・花壇などがあります。上田城跡公園には桜以外にも樹齢100年と言われるケヤキ並木もあります。なお上田城跡は国の史跡に指定され、日本100名城(27番)にも選定されています。
*参考・・・上田城跡公園(アクセス・歴史・・・)

【上田城跡公園 見どころ・文化財】
上田城跡公園の見どころは上田城跡公園の桜です。上田城跡公園の桜見ごろは例年4月上旬頃~4月中旬頃です。桜のビュースポットは東虎口櫓門横です。
桜(染井吉野)は2月1日以降の毎日の最高気温の積算が600度を超えると開花し、800度を超えると満開になるとも言われています。(誤差あり)なお地域によって若干差があるが、開花して5日から1週間ほどで満開になるとも言われています。

【上田城跡公園 連絡先(要確認)】
電話番号・・・0268-23-5408(上田市観光課)

【上田城跡公園 備考(御朱印・その他・・・)】
最終更新日:2021年(令和3年)11月
長野桜名所・長野桜見ごろ

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