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カテゴリー:世界遺産
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識名園(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
識名園はかつて「心」の字をくずした心字池(しんじいけ)周辺などに梅・藤・桔梗(ききょう)が植えられ、常夏の沖縄にありながら春には池の東の梅林で梅、夏には中島や泉のほとりの藤、秋には池のほとりの桔梗を楽しむことができるように巧みに造られていたそうです。 -

玉陵(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
玉陵を父・尚円の遺骨を改葬する為に築いた琉球王国第二尚氏王統・第3代国王である尚真(しょうしん)は禅宗・臨済宗を琉球に伝えた南禅寺の僧・芥隠承琥(かいいんしょうこ)に深く帰依し、1494年に鎌倉五山第2位に列せられる円覚寺を模し、第二尚氏の菩提寺として円覚寺(えんかくじ・ウフティラ)を創建しました。 -

園比屋武御嶽石門(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
園比屋武御嶽石門ゆかりの琉球王国は第一尚氏王統・第2代目国王である尚巴志(しょうはし)が1406年に中山王(察度王統)・武寧、1416年または1422年に北山王(怕尼芝王統)・攀安知、1429年に南山王(大里王統)・他魯毎を滅ぼし、三山(中山・北山(山北)・南山(山南))を統一したことによって成立しました。 -

首里城跡(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
首里城跡ゆかりの琉球王国第一尚氏王統・第2代目国王である尚巴志(しょうはし)は21歳の時に父の後を継いで南山・佐敷按司になり、1406年に中山王(察度王統)・武寧、1416年または1422年に北山王(怕尼芝王統)・攀安知、1429年に南山王(大里王統)・他魯毎を滅ぼし、三山(中山・北山・南山)を統一して琉球王国を成立させました。 -

中城城跡(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
中城城跡ゆかりの護佐丸(ごさまる)は山田城(やまだぐすく)で生まれ、1416年または1422年に琉球王国第一尚氏王統・第2代目国王である尚巴志(しょうはし)が北山王を滅ぼした今帰仁城(なきじんぐすく)攻略に参戦し、尚巴志とともに三山(中山・北山(山北)・南山(山北))統一を成し遂げました。 -

勝連城跡(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
勝連城跡ゆかりの阿麻和利(あまわり)は屋良村の百姓の子として生まれ、身体が弱かったことから山に捨てられたこともあったが、やがて茂知附按司(もちづきあじ)に召し抱えられ、その後悪政を行った茂知附按司を倒して10代目城主になり、中国などと貿易を積極的に行って大陸の技術などを取り入れたそうです。 -

座喜味城跡(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
座喜味城跡を築城したと言われている護佐丸(ごさまる)は曾祖父がかつて今帰仁城主(北山城主)であったが、1322年に北山王・怕尼芝(はねじ)に滅ぼされました。その後中山王・尚巴志(しょうはし)が北山征伐の軍を組織すると有力按司として参加し、北山王国滅亡後には今帰仁城主の血筋を引く者として北山守護職の要職に任命されました。 -

今帰仁城跡(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
今帰仁城跡を拠点として北山王(北山王国・山北王国)は沖縄県の本島北部・伊江島・伊是名島・伊平屋島・古宇利島・屋我地島・瀬底島・水納島だけでなく、鹿児島県の与論島・沖永良部島なども支配したそうです。ちなみに与論島・沖永良部島では沖縄北部諸方言が話されているそうです。 -

輪王寺(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
輪王寺見どころ・本堂(三仏堂)は日光山随一、東日本で最も大きな木造建築物とも言われ、内陣に日光三社権現本地仏(千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音)とされる高さ7.5メートルの三体の大仏と東照三社権現本地仏(薬師如来・阿弥陀如来・釈迦如来)という掛仏である2組の三尊仏が本尊として安置されています。 -

日光二荒山神社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
日光二荒山神社は日光三山である男体山(二荒山)・女峯山・太郎山を神体山として、父神・大己貴命(男体山)、母神・田心姫命(女峯山)、御子神・味耜高彦根命(太郎山)を祀ることから神域は日光国立公園の中枢をなす日光連山・華厳滝・いろは坂など約3,400ヘクタールにも及びます。























