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カテゴリー:近畿
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闘鶏神社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
闘鶏神社ゆかりの熊野本宮大社の社僧で、21代熊野別当・湛増(たんぞう)は武蔵坊弁慶の父とも言われ、弁慶産湯の釜や湛増が使ったと言われる鉄烏帽子・鉄扇、そして源義経(牛若丸)が奉納したと言われる笛(銘白竜)が残されています。なお境内には湛増と弁慶の像も建立されています。 -
丹生官省符神社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
丹生官省符神社はかつて官省符荘の総社(鎮守)でした。官省符荘は太政官符・民部省符を得て、税金を納める必要がない不輸租・不入の特権を認められた荘園で、高野山金剛峯寺と一体化していたことから高野本荘(こうやほんしょう)・金剛峯寺荘(こんごうぶじしょう)とも言われていました。 -
丹生都比売神社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
丹生都比売神社の二つ鳥居は「紀伊続風土記」によると819年(弘仁10年)5月3日に真言宗の宗祖である弘法大師・空海が建立したとも言われ、丹生都比売神社に参拝してから高野山に参拝する習わしがあったそうです。なお二つ鳥居は1649年(慶安2年)5月に木造から石造に代わったそうです。 -
補陀洛山寺(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
補陀洛山寺は平安時代から江戸時代にわずかな食料・水を持って遥か南洋上にあるとされる観音菩薩の住処である観音浄土・補陀洛山にうつぼ舟と言われる小さな船で向かう補陀洛渡海の出発点として知られています。ちなみに補陀落とはサンスクリット語の観音浄土を意味する「ポータラカ」の音訳です。 -
金剛峯寺(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
金剛峯寺見どころ・大門は左右に金剛力士像(阿形像高さ5.46メートル・吽形像高さ5.58メートル)を安置しています。金剛力士像は江戸時代中期に活躍した大仏師である運長と康意が造仏し、奈良・東大寺の南大門に安置されている金剛力士立像(高さ約8.4メートル)に次ぐ国内2番目の巨像と言われています。 -
那智原始林(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
那智原始林の中にある60余ある滝の内、瀧篭修行の行場だった48の滝・那智四十八滝(なちしじゅうはちたき)には番号と神道を中心に儒教・仏教・道教・陰陽五行説などの宗教に基づく名前が付けられています。なお平安時代中期に花山法皇(第65代・花山天皇)が一千日の滝篭りを行ったとも言われています。 -
那智滝・那智の滝(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
那智滝・那智の滝は石英斑岩からなるほぼ垂直の断崖を滝壺までの約133メートルを落下し、総合落差は日本12位だが、一段の滝としての落差日本1位です。那智滝は栃木日光市・華厳滝(けごんのたき)と茨城大子町・袋田の滝(ふくろだのたき)とともに日本三名瀑に数えられています。 -
青岸渡寺(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
青岸渡寺は988年(永延2年)に花山法皇(第65代・花山天皇)が御幸して、那智滝(なちのたき)で一千日(3年間)の滝篭りをされたことから観音信仰の霊場である西国三十三ヶ所の第一番札所になったとも言われています。ちなみに花山法皇が各霊場で詠んだ和歌が御詠歌の起源とも言われています。 -
熊野那智大社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
熊野那智大社の例大祭・那智の火祭り(那智の扇祭り)では12体の熊野の神々を那智の滝の姿を表した高さ約6メートルの12体の扇神輿に移し、熊野那智大社から那智の滝(別宮・飛瀧神社)まで渡御します。渡御中の参道では重さ約50キロ~60キロの12本の大松明で迎え、その炎で清めます。 -
熊野速玉大社(アクセス・歴史・・・)・世界遺産
熊野速玉大社の御神木・梛(ナギ)は熊野権現の象徴とされ、古来から梛は凪に通じるとして道中安全を祈り、梛の葉を懐中に納めて熊野詣する習わしになっていました。また梛の葉は熊野三山で配布される神札・熊野牛王符(くまのごおうふ)とともに熊野詣を無事果たす大きな支えとなったそうです。