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過去の記事一覧
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川崎大師平間寺(アクセス・概要・見どころ・・・)
川崎大師平間寺の八角五重塔(中興塔)は1984年(昭和59年)に真言宗の宗祖・弘法大師1,150年御遠忌・大開帳記念として建立されました。八角五重塔は高さ約31.5メートルの鉄骨鉄筋コンクリート造りで、華麗にして格調ある八角は「包容力」・「完全性」を象徴しているそうです。 -

法華経寺(アクセス・概要・見どころ・・・)
法華経寺の国宝「立正安国論(りっしょうあんこくろん)」は1269年(文永6年)に日蓮大聖人が筆写したとされています。日蓮大聖人は鎌倉幕府第5代執権・北条時頼に提出する為に静岡駿河・実相寺(じっそうじ)に籠って執筆し、1260年(文応元年)7月16日に北条時頼に送ったと言われています。 -

柴又帝釈天題経寺(アクセス・概要・見どころ・・・)
柴又帝釈天題経寺の板本尊には片面に「南無妙法蓮華経」の題目が書かれ、法華経・薬王品の経文が彫られ、もう一方には右手に剣を持ち、左手を開いた忿怒の相を表した帝釈天本尊が彫られています。帝釈天はインド最古の聖典「リグ・ヴェーダ」の中で最も多くの賛歌を捧げられている軍神・武勇神インドラです。 -

富岡八幡宮(アクセス・概要・見どころ・・・)
富岡八幡宮の深川祭(水掛け祭・深川八幡祭り・富岡八幡宮例祭)は1641年(寛永18年)8月3日に江戸幕府3代将軍・徳川家光と側室のお楽の方(宝樹院)の間に世子(長男)で、4代将軍・家綱が誕生し、1642年(寛永19年)に江戸幕府の命により、世継ぎの祝賀を行ったのが起源とも言われています。 -

高幡不動尊金剛寺(アクセス・概要・見どころ・・・)
高幡不動尊金剛寺の不動明王像は1335年(建武2年)8月4日の大風によって大破し、胸・腹を中心に修理されて全身の漆も塗り替えられ、光を浴びるとあたかも汗をかいたように見え、戦勝祈願の武将に全身に汗をかいて願いを聞いて下さると広まり、「汗かき不動」と言われるようになりました。 -

目黒不動尊瀧泉寺(アクセス・概要・見どころ・・・)
目黒不動尊瀧泉寺の本尊・目黒不動尊は江戸時代初期に江戸幕府3代将軍・徳川家光の愛鷹が鷹狩の最中に行方知れずになり、家光が自ら目黒不動尊に額づいて祈願するとたちまち愛鷹が本堂前の松樹(鷹居の松)に飛び帰り、家光がその威力を尊信して大伽藍を復興されたと言われています。 -

日枝神社(アクセス・概要・見どころ・・・)
日枝神社の山王祭は江戸幕府初代将軍・徳川家康を神の祭礼として、江戸幕府が費用を負担したことから御用祭(ごようまつり)とも、天下祭(てんかまつり)とも言われました。江戸時代初期の3代将軍・徳川家光以来、江戸城内に入御した神輿を歴代将軍が上覧拝礼するようになりました。 -

雑司が谷鬼子母神堂(アクセス・概要・見どころ・・・)
雑司が谷鬼子母神堂が祀る鬼子母神は王舎城の夜叉神の娘で、嫁いで多くの子供を産んだが、幼児を取って食べることから恐れ憎まれていました。お釈迦様は鬼子母神を過ちから救う為、鬼子母神の末っ子を隠したところ嘆き悲しんで過ちを悟り、その後お釈迦様に帰依して安産・子育の神になりました。 -

深大寺(アクセス・概要・見どころ・・・)
深大寺では例年3月3日・4日に深大寺の諸行事中、最大の行事と言われる厄除元三大師大祭が行われ、お練り行列などが行われます。また日本三大だるま市に数えられる深大寺だるま市も行われ、境内に大小約300余の縁起だるま店が立ち並び、元三大師堂前の特設・だるま開眼所では僧侶が直々に目入れを行います。 -

新井薬師梅照院(アクセス・概要・見どころ・・・)
新井薬師梅照院の本尊は表側が薬師如来・裏側が如意輪観音という二仏一体で、真言宗の宗祖である弘法大師・空海が自ら刻んだとも言われています。本尊は「目の薬師」とも言われ、眼病治癒のご利益があるとよく知られています。なお本尊は秘仏とされ、12年に一度の寅年のみにご開帳されます。























